第13話 大坂城にて②(山口視点)

 エドワードはその後、皇太子に海外のことを話し始めた。


「詳しいところまでは分かりませんが、日本はアジアと近接しているので、こちらと関わり合いが深いと聞いております」


 世界地図を取り出して、説明を始めた。


 さすがにこんな様子を孝明天皇が見たら仰天しそうだが、とはいえ、実際に成人した頃には中国ともロシアとも戦争をしたわけだし、今から知っていても損はないだろう。



「我がイギリスと、地理がよく似ています。イギリスはかつて、大陸ヨーロッパにも領土を有しておりましたが、最終的にフランスに取られることになりました。しかし、これがかえって良かったのです。我が国の未来は海にしかないということが分かり、海洋進出に専念できたからです」


 イギリスにとってのカレーというのは、日本にとっては朝鮮にあたるだろうな。


「日本も、無理に大陸に進出することなく、海洋に専念した方が良いだろうと思います」


「海洋ですか……」


 これは私が以前、清河八郎に説明していたこととも共通している。



 ただし、難点としては国家の人口が増えないということにある。この時代は人口イコール生産力が顕著な時代だ。資源もさることながら、人口を増やしたいという魅力はどうしても出て来る。


 イギリス:アフリカ、オセアニア、インド

 ロシア:中央アジア、シベリア

 アメリカ:南アメリカ

 フランス:アフリカ


 というような形で多くの場所が植民地になっている。


 人口が増えそうなところで列強の手つかずの地域が実質東アジアくらいしかないのも事実だ。ドイツも結局乗り遅れてしまったから無理くり進出しようとして、英仏を刺激して第一次世界大戦になっていったという流れもあるわけだし。



 さしあたり、エドワードは進出しないという前提で話を進めている。


「イギリスとオランダと友好関係を確立し、ロシアの東方への進出を封じれば、実質的にアジアは日本の顔色を伺うしかなくなります。陸と海の双方に出るということは、日本の現状の国力からすれば感心しませんね」


「そうなのですか。これまで宮廷で教わってきたことと全く異なりますね」


 皇太子は驚いているが、若いだけあって、そこまで衝撃を受けている風でもない。


 ま、実際、特に朝廷での学問は漢学のものが多くなるはずだ。日本にとっての外国というのはどうしても朝鮮や中国というイメージになってしまう。



「政体が大きく変われば、必ず負ける者が出てきますが、そうした者のうち有望な人物はリンスケに預けて、オリンピックに専念させるのが良いでしょう」


 これも私の考えと似たようなものだ。


「負ける者ですか……」


「そうです。負けた者を放置したままだと、そうした者達が革命を起こします。実際、15年前はヨーロッパ中で革命が起きました」


「ハッハッハ」


 マルクスが威張っていて、皇太子が「誰だ、こいつは?」という顔を向けている。


 もちろん、誰も答える者はいない。燐は明らかに知らんぷりをしている。


「リンスケやイチタ、ユキチは頼れる者ですので、彼らに任せれば大きな失敗はしないでしょう」



 エドワードは福澤諭吉を評価しているようだ。


 まあ、日本でも知識人だし、しかも英語も巧い。日本に来るまでの間、日本史についての説明は福澤から受けていたようだし、な。


 ただ、福澤諭吉が中枢に入ると、それはそれで問題になるかもしれない。


「もちろん、憲法をはじめとした法体制については、今後、本国から優れた学者も連れてこられるようにしましょう」


 エドワードの想定もイギリス憲法にあるようだ。


 確かにこの調子だと、イギリスから学者をどんどん連れてきてくれそうだ。


 史実では、伊藤博文らが慎重にヨーロッパを回り、ドイツの学者らに学んでいたが、そういう流れからは逸脱することになりそうだ。


 近代化という点で、早く進むのは悪くないのだが、果たしてどうしたものか。



 ま、そうした近代化や海外進出の話については、まだ早すぎるだろう。


 ひとまず、勝海舟をはじめとした大坂城内にいる幕府官僚は、日本皇太子と英国皇太子の会談が和やかに進んでいることに満足しているようだ。


 また、この結果は孝明天皇にとっても悪くないものだろう。最悪、自身の立場を曲げなくても皇太子に譲位する形で、自分の節を守れるからだ。


 徳川家茂もイギリスの支援を受けて自信をつけた。


 あとは、イギリスとプロイセンから銃が届き次第、本格的に尊王攘夷派を叩き潰すことになるだろう。もちろん、その時点では長州も薩摩も手を引いているから、止める者はいない。


 ただし、幕府という体制のままだと日本の近代化は阻まれる。


 尊王攘夷派を叩き潰して、開国への舵を完全に切れた段階で、大政奉還をして将来的には皇太子主体となる政権を作っていくことになる。


 まずは、そこまでたどり着く。


 そこから、今度は取り残される士族や負け組の対処を図ることになる。


 そこに至る具体的な道のりを今、多くの者が理解できただろう。


 どうやら、松陰先生や井伊大老に会わせる顔がありそうだ。

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