第12話 大坂城にて(山口視点)

 馬に乗るというのは、結構大変なものだ……


 いや、短い距離なら構わないのだが、京から大坂までともなると大変過ぎる。



 座り込んで休憩しているところで、エドワードが船から降りてきて殿下と話を始めた。


 大坂城からの迎えがいつ来るのかは分からないので、警戒をしなければならない。同じくゼエゼエ息を吐いている近藤に声をかけて、立ち上がる。


 とりあえずの会話は年少側の皇太子がエドワードに色々ヨーロッパのことを聞いているところから始まる。


「イギリスの国王というのは素晴らしい人なのですか?」


「とんでもない! イギリス女王は確かに世界一ですが、世界一のクソババアという意味です」


「そ、そうなのですか?」


 のっけからエドワードの一番触れてほしくない質問となったようだ。燐が苦笑しながら通訳している。


「だが、クソババアやクソジジイでなければこの時代の国王には向かないのかもしれません」


 このままだと皇太子が英語そのものはよく分からないけれど、四文字ワードだけは覚えてしまったとなりそうだ。何とも不安になってくる……


 というか、エドワード、おまえもそういう言葉を使ったらダメだろう。


「何故なら、時代が激変すると、今までと同じではいられません。同じでないのが、良い方向ならハッピーですが、全員が良い方向に行くとも限らないのです。国王にはそういう人を切り捨てる覚悟も必要なのです。そうしたことには、イギリスのクソババアは最適です」


「激変ですか……」


 それなりにまともなことも言っている。クソババアだけは勘弁してもらいたいものだが。



 大坂城からの馬車が到着した。


 さすがに両国国賓を大坂城に迎えるとなると、それなりの見栄えも必要だから、今回は2人で馬に乗ってもらう。


 もちろん、今回は飛ばさないから、私も燐も歩いてついていくことになる。護衛でついてくる新撰組も同様だ。


 厄介なのは後ろからついてきているマルクスとアフガーニーだ。燐は囮に使えば良いと言っているが、さすがにそういうわけにも……


 ま、どうしようもない状況なら見捨てるしかないのだろう。そうなったら色々世界が変わりそうだ。


 いや、似たような思想を誰かが出すかな。



 およそ半刻歩いて、大坂城に到着した。


 まさか日英の皇太子が会するとは思わなかったのだろう。全員、とんでもないことになったという顔をしている。


 こればかりは本当にそうだ。史実では絶対に考えられないようなことなのだから。


 豊臣秀吉だってびっくりしているだろう。



 大坂城の中はそれほど飾られていないが、これは勝の指示もあったのだろう。


 そもそもからして、ヨーロッパのすごい宮殿を当たり前のように回っているエドワードだ。部屋を金銀で飾ったくらいで驚くこともない。


 むしろ、エドワードが驚いているのは天皇家の歴史だ。


「しかし、日本の帝王家は2000年も単一の系譜で続いているのだとか。これは凄いことですね」


 21世紀では男女平等の考えが進み、ヨーロッパでは男系重視という考えは否定的になりつつある。ただ、この時代の頃まではそうではない。だから、日本の二千年という長さは例外的な長さと思えるだろう。


「はい。父帝はこう言っておりました。我が家には日ノ本のこれまでを背負ってきた。自分が伝統を破棄して会ってしまっては、とても多くの先祖に顔向けできないと殿下に会えない。無礼は許してほしいと申しておりました」


 皇太子が孝明天皇の多少意固地な態度についてうまく説明をして謝罪を入れる。エドワードは謝罪を受け入れ……というより、端から全く気にしていないようだ。


「気にする必要はありません。国王たる親なんてどこもそんなものですよ。俺のババアはもっと酷い奴ですから」


「そ、そうですか……」



 皇太子が積極的に天皇家の立場を説明してくれたのはありがたい。


 というのも、孝明天皇の頑なさのままだと天皇家と海外がいつまで経っても接点を持たない。


 ただ、孝明天皇も建前は崩せないが、本音としては「このままだとまずいかもしれない」ということもある。だから、皇太子を海外との窓口にして、天皇家と海外の完全対立を避けようとしている。そうであるから皇太子が海外に否定的だと困るが、幸いそういうことはないようだ。


 ここはエドワードとの相性の良さもあるのかもしれない。


 エドワードは母と仲が悪かったこともあって、ヨーロッパ的なものが絶対とは考えていない。史実で日英同盟をリードしたし、インドにも好意的だったところがある。


 日本なんて東洋の田舎の国、と馬鹿にするところはない。



「この国の在り方をリンスケやユキチから色々聞きましたが、個人的には天皇家を中心として国体を保持し、将軍を筆頭とする貴族が一方を支え、その他の者達に少しずつ選挙権などの門戸を開いていくという方向性が良いのではないかと思います」


「はあ……」


 さすがにこのあたりの専門的な話は皇太子には分からないようだ。もちろん仕方のない話だ。満10歳の皇太子に新しい国家の形が分かるはずもない。


 ただ、エドワードとしても「今後、天皇家を中心にすべきだろう」と考えている以上は、将軍徳川家茂にこの話をしても仕方がない。どうしても皇室の相手にするしかないのだろう。


 皇太子が前向きなのは分かったので、今後は皇太子にしっかりと理解させ、成長させる手助けができる者が必要となってくる。


 残念ながら幕府方にはいない。松平容保は孝明天皇の信頼は厚いが、こうした構想を理解できるとは思いづらい。逆に理解できそうな人物は中々孝明天皇とは接点を築けない。



 そうなると岩倉具視、なのだろうか……

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