第11話 西の皇太子と東の皇太子

 山口達を京に向かわせて、俺はエドワードや勝海舟達とともに大坂で待機していた。


 天下の台所とも呼ばれ、保守的な気風は薄い大坂ではあるが、さすがに海外の船が数隻停泊していることには苛立ちがあるようだ。毎日のようにそこから外国人が多数出入りしている様子に苦虫をかみつぶしている人も見えるし、彼らと一緒にいる俺や勝達も白眼視されている。


 さすがに襲撃してくるとは思わないが、全員が一斉にかかってきたら大変な事になる。緊張する状況の中で日々を過ごすことになった。



 ……のだが、マルクスとアフガーニーはカードゲームをやっている。


 どうやら、完全に外国で雰囲気が違うので、そこに殺気があるのかないのか分からないらしい。


 考えてみれば、俺達がアメリカやイギリスにいた頃も、正直周囲が何を考えているかなんてほとんど分からなかった。アメリカでは南部の連中に襲撃されそうになったこともあったし。


 完全なアウェイだと、意外と何も感じないものなのかもしれない。



 そうこう待つこと三日、遂に待ち望んでいた面々がやってきた。


「ハァッ!」


 甲高い威勢のいい声がしたかと思うと、街角を曲がってきた馬が二頭。


 先頭を行く馬には少年と、沖田総司が乗っている。後方の総司が俺に気づいて手を振った。


 程なく、馬が速度を落として船の前の広場に止まった。


「いや~、参った、参った。殿下が一番早いんだから……」


 総司が苦笑いを浮かべて近づいてきた。


 殿下が一番近いということは、もしかして?


「……皇太子殿下でいらっしゃいますか?」


 勝海舟もびっくりしたように尋ねた。


 いや~、それはそうだ。皇太子の顔なんて見たこともないだろうし、な。


「いかにも、余が睦仁じゃ」


 皇太子は何といった風もない。


「み、自ら馬で来られたのですか?」


 呆気にとられる勝に対して、「おまえもそんなことを言うのか?」という様子だ。


「わざわざ輿やらでゾロゾロ来たら暴れ者に狙われるであろう? まさか皇太子が御所の外を馬で移動しているとは誰も思わんだろうから、その方が良いではないか?」


 と、とてつもなく大胆なことを言う。


 そのうえで後ろの方を振り返った。


「しかし、会津の抱えている連中は、剣は無双の者と聞いておったが、馬についてはたいしたことがなかったのう」


 おそらく新選組に対しての発言なのだろう。容赦がない。



 いや、まあ、近藤も土方も、馬に乗ったことはあんまりないんじゃないかな。


 沖田はイギリスやフランスで経験があるのだろうけれど。


 というか、山口は大丈夫なのだろうか?


 あいつ、置いてきぼりを食らって、斬られていたりしないよな?



 何はともあれ、勝は、皇太子が来たということですぐに大坂城に向かった。


 大坂で会談するのなら場所は大坂城が一番良い。既に大坂城代・松平信古には話を通してあるから、改めて出迎えの準備をするよう向かったようだ。


 睦仁皇太子の言うように、皇太子だけなら案外本人だけで行くのが安全なのかもしれないが、エドワード達までついてくるとなると、そうも行かない。


 しっかりとした護衛が必要となるから、大坂城からの迎えを待つことになる。



 二時間ほどすると、近藤と土方達がバラバラと追いついてきた。山口もどうやらこの集団と一緒に大坂まで来たようだ。


 馬で京から大坂まで来るのにそれだけ時間の差が出て来るものなのだろうか。正直、京から大坂を馬で走ったことがないから全く見当がつかないのだが、よれよれになってやってくる彼らはさながら、自転車レースでエースたちを送り出した後、グルペットを作ってゴールインしてくるアシスト選手のようだ。ここまで来るのに精いっぱいという様子で、事実土方は馬から降りるとその場にひっくり返った。


「みんな、遅いよ」


 総司が言う。土方が半身を起こして「生意気な」という様子で睨み返してくるが、ここでは沖田に文句を言われた方が良いだろう。


 何せ沖田が言わなければ、皇太子に「遅かったのう」と馬鹿にされるかもしれない。「俺は皇太子に馬鹿にされた」という末代まで屈辱的な事態になってしまうなら、総司に馬鹿にされた方がマシだろう。



 そうしたやりとりに気づいて、船内にいたエドワードやマルクス達も外に出て来た。


 エドワードが甲板から降りてきて、皇太子に近づく。


 ヴィクトリア女王が低身長ということもあって、エドワードも欧米人としては背が低い方だ。ただ、それでも皇太子はまだ10歳ということもあり、更に天皇家も大きな家系ではないから、かなり背丈の差はある。


「初めまして、世界の東の皇太子に、世界の西の皇太子が会いに来ました」


 エドワードがそう言って、ニッコリと笑った。


 それはいいんだが、このくらいの言葉を言うだけなら、三日も待っていたんだし、日本語で何とかならないか?


 皇太子は一瞬、ぽかんと口をあけた後、何か考える。


「日ノ本が東で、イギリスが西なら、挨拶はこんばんは、と言うべきでしょうか」


 お、時差のことを分かっているようだ。日本は朝だが、確かにイギリスは夜になろうというころだろうな。国と国との交渉だから、相手の時間を気にするというのは10歳にしては鋭い。


 エドワードに言ってみると、ニコリと笑う。


「私が今、いるのはここ日本ですので、おはようで構いませんよ」



 グルペット:ロードレース用語。主に山岳ステージで登りが苦手な選手達や役目を終えたアシスト選手達が後方で集団を形成し、負担を分担しあいながら制限時間内にゴールすることを目指す。

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