第9話 皇太子一行、京に向かう

 俺達は江戸に三日間滞在し、その間に多くの幕閣と対談をした。


 それが終わると、今度は京に向かう。


 尊王攘夷派がまだ暴れ回っている京に向かうことになる。


 山口の話だと、孝明天皇自身は外国人と会いたくないということだが、皇太子を行かせることは認めているらしい。


 皇太子、つまり、後の明治天皇だ。



 皇太子睦仁は現在数えで12歳だ。


 この時代だから12歳でもしっかりしているだろうけれど、さすがに1人でどうこう判断できるものではないだろう。


「エドワードと明治天皇、皇太子同士だけれど、これで京の動きに進展があるかな?」


 京に向かう船の上で山口に尋ねると、渋い顔を向けられる。


「正直分からん」


「そうだよなぁ」


 史実では孝明天皇は、幕末動乱のさなかにコロッと死んでしまった。毒殺説もあるくらいのタイミングだ。


 ここではどうだろう。そうならない可能性も高い気がする。


 となると、明治天皇を取り込んでもあまり意味がないかもしれない。


「そうとも言い切れない」


 山口が言う。


 孝明天皇が生きているならば、逆に皇太子をより国際派にすることができるのではないかという。


「……皇太子の立場なら外遊もできる」


「なるほど」


 ここでエドワードと親交を結んでおいて、少し余裕ができれば外遊してヨーロッパに行く。各国の王族と仲良くなれば、日本の立場も更に良くなるだろうな。


 ただ、エドワードと仲良くなると女好きという悪癖が移る危険性もあるが。


「……まあ、21世紀の価値観ならともかく、この時代ならそれもありかもしれない」


 山口はそれも悪くない、というような感覚だ。



 確かに、明治天皇は皇后との間には子供ができなかった。


 合計15人の子供がいたらしいが、それらは女官との間に設けた子供であり、ついでに3分の2が死産か夭折だったという。


「大正天皇もかなり病弱だったし、この時代の環境に問題があったのかもしれない」


「まあねぇ……」


 この時代はまだ衛生観念などもしっかりしていないし、死産夭折は当たり前の時代だ。


 日本は明治以降、近代化が進むけど、ひょっとすると宮中はあまり進んでいなかったのかもしれない。21世紀の相撲なんかもそうだが、現代風にすることを極度に嫌う風潮があるからな。


「孝明天皇が病死という場合、疱瘡による説が有力だ」


「ほ~」


 まあ、この時代だとまだまだ疱瘡……天然痘は危険な病気だからな。


「とはいえ、この時代には既に日本にも種痘は伝わってきている。本人がその気になれば防げなくもない」


 なるほど。


 孝明天皇は外国嫌いだし、宮中も今までと全く違う医療なんて出来ないだろう。


 ただ、仮にできるなら助かる可能性もあるわけか。



「助ける気はないのか?」


「……本人がその気になれば、としか言いようがない。現時点の宮中でそんなことを言うのは文字通り自殺行為だ」


「まあ、そうなるよなぁ」


 未来の知識……というか、今、既にある新しい知識で助けるよ!


 と言ったところで、相手は宮中だ。


 怪しい医療を勧めるだけでも不敬罪で処刑されるかもしれない。


「でも、皇太子を外に連れ出すには孝明天皇が長生きした方が良いんだろ?」


「当然だ。というか、おまえは種痘を受けたのか?」


「あ~……」


 受けていないな。


 そんなこと考えたことすらなかった。


 子供のうちに大体の難病接種が受けられる21世紀の日本は本当に恵まれているねぇ。


「おまえは受けたの?」


「適塾ではやっていたから、受けた」


「マジ?」


 福澤諭吉と結構行動していたが、そんな話は一度もなかったぞ。


「……福澤諭吉は医師ではないからな」


「使えない一万円札だなぁ」


「ま、それはそれとして、宮中の医療環境改善のためにも皇太子が外に出た方が良い、ということだ。ひょっとしたら、外国の王女と婚姻して、より接近することもできるかもしれない。オスマンあたりならありうるんじゃないか?」


「うぉぉ、アブデュルハミトが中野竹子を妻にして、皇太子がオスマンから妻を?」


「まあ、さすがにおまえ以外に言うと大変なことになるな」


「……あぁ」


 それこそ尊王攘夷派総出で呪われるかもしれない。



 船で大坂に着いた。


 京に向かいたいところだが、孝明天皇の気が変わっているかもしれないから、一旦待機することになる。山口と新撰組が京に戻り、天皇の意思を再確認したうえで会談の場所や日時を決めることになるようだ。


 うまく進んでくれると、いいんだけどな。

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