第7話 日英首脳会談②(山口視点)
燐が手配したのかどうか分からないが、エドワードから徳川家茂にバス勲章が送られた。
もっとも、貰った側は「勲章とは何だ?」という顔をしている。
「上様、ここ日ノ本でも諸大名に官位や武家職をお送りになると思いますが、ヨーロッパではそれを諸外国にも送っているのでございます」
小声で伝える。
「ほほう。ということは、これは貰っておいて悪くないものなのだな」
「はい」
もちろん、イギリスの勲章にもランクがある。
バス勲章は決して低い勲章ではないが、最友好国の元首にはより良いものが送られる。
例えば史実では、日本国の天皇にガーター勲章が贈られている。これは14世紀から続く由緒ある勲章だ。
さしあたり、友好国候補の元首としてバス勲章ということだろう。もう少し低ランクからもありうるところだが、そこは燐介の存在も一役買っているのかもしれない。
「ありがとうございます。貴国の配慮と厚情に感謝します」
家茂がエドワードに頭を下げ、それぞれがテーブルにつく。もちろん、一番の上座にはエドワードと家茂がついた。
最初に話をするのは勝海舟だ。
「プリンス・オブ・ウェールズをこの国にお迎えして、真に光栄でございます。我が国は古くよりの慣習が多くありまして、まだまだヨーロッパのようになれておりませんが、この機に近代化を図れるように鋭意邁進していく所存です」
と、挨拶文から入って本題に触れる。
「ただ、殿下も燐介や一太から聞いているかもしれませんが、この国では攘夷運動が盛んで、中々前進できていない有様です。我々徳川家としては、今後日本朝廷とも足並みをそろえて開国へと路線を切りたいのですが、諸国の中に反抗的なところもございます」
「そうでしょう。こちらでもサツマのことは聞いております」
エドワードが答える。
薩摩はイギリス艦隊から徹底的に攻撃されてかなり音をあげていたようだが、最終的に降伏はしなかった。そうした情報はエドワードも有しているようだ。
「そこで、貴国より優れた武器をいただければと思います。もちろん、これは正当な商売と考えていただいて構いません」
史実では、イギリスは薩長同盟側についた。
だから、新型のミニエー銃などは薩長側に渡り、幕府側や奥羽列藩同盟は旧式のゲベール銃を多く使っていた。これが第二次長州征伐や戊辰戦争での大きな差となった。
幕府がイギリスからミニエー銃を大量に購入できれば、これ以上のものはないのだが、もう一つ工夫を入れてもいいだろう。
「できましたら、プロイセンのドライゼ銃もいただけないでしょうか?」
と提言してみる。
エドワードがけげんな顔をしているが、プロイセンのドライゼ銃こそ、この時代でもっとも驚異的な銃といえる。
というのも、この銃は射程距離こそミニエー銃に遠く及ばないが、後装式であるため立って装填する必要がない。だから、伏臥姿勢のまま装填から射撃という行動をとることができる。おまけにミニエー銃が一分間に2発なのに対して、7発の射程が可能だ。
まさにこの年行われているシュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争でプロイセンが使い始め、2年後の普墺戦争でその威力が広くヨーロッパに知れ渡ることになる。
プロイセンでは広く普及されているはずだが、現時点では威力の程を本人達も知ることがない。だから、現時点なら相場相当の値段で買うことができるだろう。
ミニエー銃とドライゼ銃を用意できれば、幕府軍が他国の軍に負けることはなくなる。
もちろん、戦場で決着をつけるつもりはないが、いざとなった時に勝てる戦力を有しているということは、重要なことだろう。
武器の話について、エドワードが前向きな態度を示したので、ここからの展望を説明することになる。
ここは私の出番だ。
萩では説明できなかった大政奉還から国民国家に至るまでの説明を行う。
既に清河八郎に対しては示しているし、将軍徳川家茂に対してもそういうことがありうるとは以前から説明している。勝や小栗にも遠回しには言っている。
それでも幕臣の前でここまで「武士を排除するような日本にしていきます」と宣言するのは初めてだ。何人か渋い顔を示すものもいる。
エドワードは興味深く聞いている。とはいっても、萩から江戸に来るまでの間に説明していたから、内容は分かっているはずで、ただ初めて聞いたフリをしているだけであるが。
話が終わると、大きく頷いて返答をする。
「大変興味深い話です。そのような方向性に日本が進めば、ここ極東アジアでは大きな立場を得るのではないでしょうか?」
プリンス・オブ・ウェールズの言葉となると、さすがに面と向かって反論する者はいない。
もっとも、この問題について、ここで苦しい者はいないとも言える。最初に知っているのだから、仮に身分を失うことになっても先取りできるから新時代で有利になるはずだ。
負け組となるのは、そういうわけではない、中堅から下級武士。
つまり、佐々木只三郎のような立場にいる者達、ということになる。
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