第6話 日英首脳会談①

 萩に一日滞在した後、再び英国船に乗り込み、今度は横浜へと向かう。


 横浜に到着すると、ここでは英国人達が大喜びだ。こんな極東までプリンス・オブ・ウェールズが来るとは思っていなかったのだろう。


「ぶっちゃけ、ここに来る連中は本国であぶれ者になった者がほとんどだからな。貴族やら王族なんて雲の上以上の存在だろう」


 と、山口がぶっちゃけすぎることを言っている。



 そんな中でも、もちろん、大使のオールコックは別だ。国王からの任命を受けてやってきているのだから、野放図に喜ぶことはない。そもそも、エドワードが来ることを最初から知っていたわけだし。


 だからといって、彼も喜んでいないわけではない。ただ、それより不安が先に立つようで。


「くれぐれも油断なさらないようお願いいたします」


 と、安全面の注意ばかりしている。


「大丈夫だって!」


 そして、エドワードは強気である。



 横浜で一夜を過ごして、朝になるや江戸へと向かう。


 途中、エドワードが「あっ」と何かを思い出したかのように声をあげた。


「イギリス人が斬られたというのはこのあたりなんだっけ?」


 生麦事件のことを思い出したらしい。



 山口を見ると随分と渋い顔をしている。


 そういえば、山口の婚約者の弟は生麦事件で死んだイギリス人の巻き添えを食らったんだっけ。


 史実では1人しか死ななかったはずなのに、倍になっている。やはり歴史が変わるということは、どこかで狂いが生じているんだろうなぁ。


 今のところ、俺が知る限りでは変えた結果、余計まずいことになったことはないと思うが、俺があまり歴史のことを知っていないということもある。


 というより、マルクスやアフガーニーを日本に連れてきたことで、今後、日本で革命思想がより強くなるかもしれない。何をするにしても影響力を馬鹿にしてはいけない。



 生麦に立ち寄り、事件が起きたらしいところで一同黙とうをする。


 その後、改めて江戸へ向かうが、幕府も当然このことは知っている。


 品川まで着くと、大勢の幕臣達が待ち構えていた。


 その先頭にいるのは全く知らない二人組が、何と老中らしい。本多忠民と井上正直と名乗った。全然知らない。正直、江戸時代の老中とか大老って井伊直弼と安藤信正で終わっているイメージすらあるけれど、一応その後も続いていたんだな。


「ロージューというのは、日本の大臣みたいなものか?」


 エドワードの質問。


 うーん、どう答えたら良いんだろうな。


 確かに、大臣的なことをしているが、所管があるわけでもないからな。


 そういう点では、種々の奉行の方が大臣なんだろうか。それも何だか違う気がする。


「大臣みたいな立場ではあるが、それぞれが何かをしているというよりは、全体的なことについて合議して決めている感じかな」


 そう説明しておいた。



 とにもかくにも、老中2人の案内を受けて江戸城の奥へと進む。


 俺も一時期、何回か出入りしたが、さすがに付き添いが国家元首となると入る場所にタブーがない。俺がガキの頃には絶対に入れてもらえなかったところへと入っていった。


 長州では、庭での円卓会談だった。


 日本とイギリス、違う国同士だから上下関係が分かりにくいから、良いアイデアと思ったが、果たして幕府はどうしてくるのか。庭に出る様子はないから、室内での面会となりそうだ。


 江戸城で将軍に拝謁する際には、畳ン十枚を隔てて上座に将軍、下座に面会者というような構図だったらしいけれど、さすがに英国皇太子相手にそんなことはしないだろう。


 どうするんだろうかと思ったら、案内された部屋に西洋風の机があった。今度はシンプルに机を挟んで会談するつもりのようだ。


 部屋の入り口に若い立派な身なりをした青年と、昔ながらの十二単を着ている女がいた。


「ここ江戸城の主である徳川家茂です」


 青年が挨拶をした。


 肩書抜きであるが、肩書の征夷大将軍というのは「外国を討伐した将軍」というような意味合いだ。これをイギリス人の王族に名乗るのは、さすがに喧嘩腰極まりないということか。


 エドワードは例によって、長い名前を名乗る。


 そして、左手をパチンと鳴らした。たちまち傍らにいた従者がいそいそと箱を取り出す。


「一つ、差し上げたいものがあるのですが、取り出してもよろしいでしょうか?」


 エドワードが家茂に尋ねた。家茂は女性と顔を見合わせた。おそらく、この女が和宮だろう。


 少し逡巡した後、「構いませんよ」と答えた。


 従者が箱を開いて、エドワードが中から取り出したのは勲章だ。



「我が国では、友好国の君主にはその重要度に応じて勲章を授けるしきたりがございます。ジェネラル・イエモチとは初対面でございますが、ここにいるリンスケ・ミヤジとイチタ・ヤマグチらを通じてイギリスは日本という国に親近感を抱いております。まずはバス勲章のナイト・グランド・クロスを貴君に送りたいと思います」


 と、勲章を家茂に差し出した。


 家茂もこれは予想していなかったようで、びっくりしている。


 ただ、これは結構な効果があるんじゃないか?


 勲章なんていうのは、自国民以外だと国家元首にしか贈られないもののはずだ。


 ということは、イギリスは徳川家茂を現時点で日本の元首だと認めていることになる。


 これは徳川家茂にとって、かなり大きな効果があるんじゃないか?

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