第5話 英長会談・②(山口視点)
プリンス・オブ・ウェールズ・エドワードと毛利敬親が隣同士に座り、両者の奥に燐と桂が座った。
私は2人の間に立ち、仲介のようなポジションにつく。
「我が国の有為な若者である桂、伊藤、井上を預かっていただいておるということで大変感謝しております」
まずは毛利敬親が長州からイギリスに行ったものを迎え入れてくれたことの礼を述べた。
「できますれば、今後も大勢の者を貴国で学ばせることができれば。この国を預かる者としてはそう願っております」
「もちろんです。我が国は先ごろ、リンスケの尽力もありまして、先だっての不幸な事件の賠償金をもって、この国からの若者を受け入れることを決定しました。リンスケも言っていましたが、この国はユーラシアの東の果てにあり、我々の国は西の果てにあります。この両国が協力することでユーラシア全体が安定することになるでしょう。そのためには、この国で内戦という事態が発生することを回避してもらわなければなりません」
「内戦ですか……」
毛利敬親がしみじみとした口調になる。
恐らく、この時点ではそこまで望んでいる者はほとんどいなかったに違いない。
しかし、何も手を講じなければ、この後、攘夷運動は倒幕運動という形になっていき、戊辰戦争という内戦を経ることになる。
桂が「そのための方法は山口先生が以前に提示しております」と毛利敬親に耳打ちした。
私の方法、すなわち大政奉還からの徳川家主体の貴族院移行、それと並行しての国民国家への移転という形だ。
「そんな方法ができるとは思わなかったが、事態はここ数年で大きく変化した。そういうこともありうる、ということなのだろうな」
「はい。殿、その通りでございます。無論、毛利家も決して不利な扱いを受けることはありません」
「もちろん、それは分かっておる。そのようにせい」
毛利敬親は家臣の言うことに異論をはさまず、毎回「そうせい」と答えたことから「そうせい候」と呼ばれたとも言う。今の発言などはまさにそうだろう。
「ただし、焦ってはならん。大きく物事を変えるということは、そこに付け入ろうとするものが必ず出て来るというものだ」
エドワードが再び話を始めた。
「リンスケやイチタから聞いていますが、この国にはまだ憲法がなく色々な部分で未整備なところがあると聞いています。従って、5年から8年ほどの期間を猶予期間として、その間に起きた事件は軽微なものを除いて両国預かりとしたいと思います」
不平等条約の問題だ。
日本とイギリスが平等な条約を結ぶということはやはり難しい。
エドワードが日本びいきとはいっても、それは無理だ。いや、日本贔屓だからこそきちんとしろという部分もあるだろう。
中でも一番問題となるのが領事裁判権の問題となるが、軽微な事件を除いて両国預かりとするという。つまり、重大事件については日本も一応意見をさしはさむことができる。
これだけで対等とは言いづらいが、史実では全く口を挟めない状況だったから、マシな状況とは言えるだろう。
「日本の二元制度についてもおおまかなことはリンスケから聞いています。その点ではイギリスの制度が参考になるかもしれないと思いますが、イギリスに倣えというつもりはありません」
「それはさすがに長州だけでは決められません。今後、諸国を巻き込んで議論を進めていきたいと思います」
それでおおまかな話は終了した。
「それでは、写真を撮影いたしましょう」
イギリスから連れてきた撮影師が出て来た。
これは特に桂からの要請である。イギリス皇太子が間違いなく、萩を最初に訪れたという証拠が欲しいということだ。
もちろん、エドワードとしても日本に来て有力者と面会して仕事をしたのだから、拒む理由はない。
2人は写真を撮影し、それで全てが終了した。
「それでは、萩の産物などをふんだんに取り入れた食事を用意しております」
毛利敬親が言った。ここからはいわゆる歓待タイムだ。
エドワードも当然喜んで応じている。
「いや~、以前、リンスケから下関ではフグというとてもクレイジーな魚が食べられるという話を聞いて、楽しみにしていたんですよね」
「ふ、河豚……?」
毛利敬親と桂が揃って目を丸くした。
「あれ、どうしたの?」
燐介も不思議そうだ。
そうした歴史は知らないのだろうが、下関で河豚が盛んになるのは、今、ここでは下っ端に過ぎない伊藤博文がある程度出世してからのことだ。
江戸時代を通じて、河豚の食用は禁止されていた。禁を破って食べる者もいたそうだが、少なくとも一国の居城で食べることなどはまかりならないはずだ。
燐介的には21世紀の下関のイメージがあるのだろうが、この時代に河豚を食べて、仮にエドワードが毒にあたったとしたらどうするつもりなのだ。
不用意にもほどがある。
「河豚はさすがに……。危険でございますので」
桂も非常に難色を示し、エドワードも最終的には諦めた。
やれやれ。
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