第4話 英長会談・①
長崎を出た船はすぐに萩に着いた。
港に降り立ち、そのままエドワードと俺、沖田、桂の四人が馬にまたがって、護衛を交えながら向かう。
幸いというか何というか、母親のヴィクトリアが小さいこともあってエドワードも長身というわけではない。俺よりちょっと高くて桂と同じくらい、山口よりは若干低い。
だから、遠くから目立たないのは有難い。近づくと服装が違うから大目立ちだが。
その列のまま松陰の墓へと向かう。
松陰は萩の外れ、南の方の生まれだ。
松陰の没後百忌を生家の杉家が行い、そのまま遺髪などを埋葬しているという。
「……俺はあんまりミスター・ヨシダのことは覚えていないんだよな」
エドワードが身もふたもないことを言う。
でも、確かに松陰とエドワードの関係は薄かった。
後に大統領となるリンカーンとは論戦を張っていた松陰だが、エドワードに関してはまだまだ年齢差もあったからしっかり話をするという感じでもなかったからな。印象に残っていないのは仕方ない。
ただ、今回はそれを名目にした毛利敬親との会談が主だ。たとえ完全に忘れていたとしても行ってもらわなければならない。
「ふうむ、これが日本の墓所なのか」
墓につくと、マルクスが色々メモをとりはじめた。
さすがの革命男も墓場で騒ぐほど無神経ではないようだ。というより、文化の違いが気になるのか墓をスケッチに書いて、何かドイツ語で書き込んでいる。
そうこうして、松陰の墓の前に立った。
こうやって墓の前に立つと、改めて松陰は死んだのだということを感じる。
エドワードもマルクスも周囲を見渡し、日本風に無言で手を合わせている。
それが終わると、今度は萩城へと向かう。
この進路が一番怖い。待ち伏せがあるかもしれないのはもちろん、「異人がいるぞ!」と斬りかかってくる連中がいるかもしれない。
だが、幸運なのか、あるいは目を光らせている護衛達に威圧されてか、城に着くまで襲撃を受けることがなかった。
「これが日本の城というものなのか! 何たるエキゾチックな建物なのだ!」
今度はマルクスが騒ぎだす。市街地では「おまえが騒いで尊攘派の連中が来たら、おまえを連中の中に放り投げるからな」と言っていたのが聞いて大人しくしていたが、安全なところに来たと思ったら途端にうるさくなる。
「燐介、中をスケッチしたいのだが?」
「ダメに決まっているだろう」
「何故だ。スケッチくらい?」
「ここはこの地の王様の住んでいるところだぞ。そんなところをスケッチしてみろ。たちまち敵国のスパイだということで斬り捨てられる。さすがにその場合はフォローできないからな」
「……斬り捨てられる? ブルブル、何と恐ろしいところだ」
何と恐ろしいところだ、じゃねえよ。
とにかく、マルクスもそれで大人しくなった。アフガーニーはいるのかいないのか分からないくらい存在感がない。
城に入り、東園と呼ばれる庭園に案内された。
そこに大きな丸いテーブルが置かれてある。
この時代、日本ではあまり丸い机は見ない。
日本の武士階級では序列ははっきりしている。官職の位なり、石高なり。
ただ、それは日本国内でのみ通用するもので、海外の者には通じない。イギリス皇太子やその一行がいるとなると、横長の机に並べるのは色々厄介だろう。
イギリスに行ったことのある桂が考えたのかもしれない。
テーブルのそばには既に青みがかかった正装をした40代の男が立っていた。彼が毛利敬親だろう。その隣に家老らしい男がついている。桂の話では長井雅楽がついてくるという話だから彼がそうだろう。
「お招き感謝します。プリンス・オブ・ウェールズ、アルバート・エドワード・オブ・ザクセン・コルバーグ・ゴータです」
長っ。
そういえば、現在のウィンザー家は戦後の家名であって、それまではドイツ系の家名を名乗っていたんだな。英語読みじゃない気がするけど、ヴィクトリアは凄いドイツ贔屓だったから「ドイツ風に呼べ」って言われているんだろうな。
「遠路はるばるようこそお越しいただきました。イギリスの皇太子をお迎えすることができ大変光栄でございます。松平参議慶親でございます」
毛利敬親じゃねえ……。
でも、この時代、実際のところは結構な大名家が松平姓を与えられていたんだっけ。
で、敬親というのは長州討伐で名前没収された後で、それまでは別の名前だったっけ。
いずれにしてもややこしい。
エドワード側は俺が、毛利敬親側は桂が通訳になり、中央に山口が布陣した。その周囲にゾロゾロと円卓に座っていく。
桂からは、特にたいした話にはならない。長州の立場についての説明と、これからの開国について話をするという話だが、果たしてどうなるのかな。
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