第3話 燐介一行、長崎につく

 2月13日、俺達の船は香港を経て長崎に到着した。


 沿岸まで来たところで横浜からやってきたらしい英国艦隊と合流し、その後、港へと入っていく。こちらにも情報が伝わっているようで、大勢の人が並んでいた。


 その中には見覚えのある顔もちらほらと混じっている。


「おぉ! あれはソウジじゃないか!」


 エドワードが沖田総司に気づいた。


 そういえば、エドワードは大分顔立ちが変わったが、総司は体格こそまあまあ大きくなったが、顔はあんまり変わらない。アジア人と白人の体格の違いなんかもあるのかな。


 総司だけでなく、近藤、土方ら新撰組の面々も並んでいるし、当然、その横に山口一太の姿もある。



 船が港に停泊し、俺達は続々と降り立った。


「おーい、バーティー!」


 と、総司が駆け寄ってきた。


「久しぶりだな、ソウジ!」


 2人がわいわいと抱き合っている一方、俺のそばには新撰組のみんなと山口が来た。「燐介、久しぶりだな」とニヤッと笑うのは土方歳三だ。


 一方、近藤は悠然とした面持ちだ。


「一太から頼まれて、今回、英国皇太子の警護をすることになった」


「あぁ、頼むよ。こいつは本当に重要な仕事なんだ」


「任せておけ」


 近藤が力強く胸を叩いた。


 斎藤、永倉もいるし、総司が最終ラインとしてついている。


 この五人がいれば問題ないだろう。



「燐よ」


 新撰組の面々との会話が一段落したところで山口が近づいてきた。


 のだが、次の瞬間に甲板に騒々しい連中が上がってくる。


「おぉぉぉ! ここが日本か! 思ったよりもヨーロッパ風ではないか!」


「ここは海外向けの港街なのだろう。もっと内陸に行けば、日本らしい場所がいくらでもあるはずだ」


 マルクスとアフガーニー、2人がわいわいと叫んでいる。


 それを受け、俺に向けられる山口の視線が急に冷気を帯びていく。


「……燐、何でカール・マルクスがいるんだ?」


「……俺だって連れて来たくなかったよ」


「しかも横に似たようなのがいるが、あいつは誰なんだ?」


「ジャマールッディーン・アフガーニーとかいう自称イスラーム世界の革命家だ」


「更に増えたのか……」


 山口は唖然とした様子で、何も言わないまましばらく考えているが。


 しばらくして溜息をついた。


「まあ、来てしまったものは仕方がない。日本語が分かることもないのだから、革命しようもないだろうし」


「あぁ、基本的に物見遊山しかしないと思う」



 続いて、人垣をかきわけて見覚えのある人物が近づいてきた。


 それが誰か気づくより先に、井上と伊藤が驚きの声をあげる。


「桂先生!」


 そう、確かに桂小五郎だ。長州から長崎までやってきたらしい。


 今回、エドワードの滞在予定の最初は長州と聞いている。


 9年前、イギリスでエドワードと会った時、俺達は四人で旅をしていた。俺に山口、沖田総司に亡き吉田松陰だ。


 その吉田松陰の墓参を兼ねて長州に行き、藩主毛利敬親とエドワードが話をする。イギリス皇太子が最初に交渉したことで長州のメンツが立ち、これをもって長州は開国の立場を取るということだ。


「エドワード殿下、遠路はるばるようこそ日本までお越しいただきました。これより、萩での滞在が終わるまでの間、この桂小五郎が一命を賭して殿下をお守りするつもりでございます」


 もちろん、桂だけではない。数人の者が続いている。


 何人か見覚えのある連中もいる。高杉晋作と久坂玄瑞だろうか。少し顔立ちが若いが山県有朋もいるようだ。


「無論、我々も改めてお約束いたします!」


 伊藤と井上の2人も、エドワード一行の護衛となることを約束している。



 一通り話が終わると、再度船に乗り込むことになった。


 長崎から萩までの行程も船で行く。


 問題は英国船でそのまま入るかどうかということだった。


 尊皇攘夷運動が激しいお国柄だ。異国船が入ってくると抵抗があるのではないかとも思ったが。


「その点については、殿と我々とで解決しております」


 桂が問題ないという認識を示してくれた。


 予想以上に譲歩している感もあるが、桂は溜息交じりに言う。


「長州の者も、開国は避けえないということは理解しております。しかし、安易に曲げては我々のメンツにも関わるため難しかったのですが、殿下がお越しになったことでその問題も避けることができます」


 下ろせるのなら、下ろしたいのが本音なのですよ。そう言って、桂は苦笑した。



「やれやれ、面倒な連中だなぁ」


 そう言ったのは土方だ。


「それが武士ってものなんだろうけれど、細かいことに最後までこだわって、命まで賭けるのは賢くないよな。俺は商人で良かったぜ」


 そう、賢しらぶった感じで口にする。


 桂は苦笑していて、周囲の面々は面白くないという顔だ。馬鹿にされた、と思っているのかもしれない。



 確かに土方の顔つきを見ても、武士のメンツを多少馬鹿にしている雰囲気はある。


 しかし、そんなことを言っている土方自身、史実では「勝てない」と理解しつつも幕府や新撰組に殉ずるような形で死んでいたんだけどなぁ。


 この世界では違うのかもしれないが、土方がそんなことを言っても全く説得力がないように感じる。


 ふと山口を見ると、同じことを思っているようだ、見られないようにニヤニヤしていた。

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