第2話 一太、新選組に近代日本を語る(山口視点)

 文久三年、年末。


 横浜から待ちに待った知らせが届いた。


『去る1863年末、プリンス・オブ・ウェールズ・エドワード殿下一行がサウサンプトンを発ち、東回りで日本まで向かっている』


 という報告だ。



 私だけなら、日本の旧暦とヨーロッパのグレゴリオ暦との違いは分からないが、さすがに英国大使館の面々はそうした対照もきちんとしてくれている。


 どうやら、文久四年の一月末くらいに日本に来るらしい。


 であれば、横浜に着く少し前、一月中旬くらいに長崎に向かう必要があるだろう。



 それに備えて、新選組の面々を連れていく必要がある。


 正直、京都の治安も非常に良くない。何といっても、1864年というと池田屋事件が起き、禁門の変が起きている。この地での尊皇攘夷運動という蝋燭が一際明るく燃え盛る時期だ。


 だから、新選組の主力を抜いていくというのは非常に厳しいが、代わりとして京都見廻組が間もなくやってくるという。あの佐々木只三郎の組織だ。


 ここは彼らに任せるべきだろう。


 尊王攘夷派ができるのは最悪でも京を炎上させることだ(間違いなく最悪の事態だが)。エドワードに万一の時があった時は、京も江戸も灰燼と化してしまうかもしれない。どちらかを選ぶのなら選択の余地はない。



 ただし、ここまで協力してきた近藤や土方に、今回の護衛がもつ意味は教えるべきだろう。


 海外を見た沖田総司は理解できるはずだが、近藤と土方には日本が近代国家になるという意味は分からないだろうから、だ。


 もちろん、それを言わなければいけないわけではない。


 史実では、勝海舟に詳しいことを知らされぬまま甲陽鎮撫隊に編成させられ、近藤も土方も死んでいった。ただ、彼らとの付き合いはもう10年近くになる。このまま黙ったまま、彼らの意に沿わない方向に日本を変えていくことは、気が引ける。


 理解してもらえるかは分からないし、「あんたは酷い人だ」と言われるかもしれないが、新選組の面々には説明しておくべきだろう。



「近藤さん、土方さん、ちょっと話があるのだが」


 昼の巡回に向かおうとしている2人を呼び止めた。


 いつもなら「どうしたんだ?」と問いかけてくるが、私の表情で察したのだろう。何も言わずに庭へと向かった。2人して軒先に座り、「何だい?」と尋ねてきた。


「以前にも話をしていた、イギリスの皇太子の件です」


「あぁ、いよいよ、来るのか?」


「はい。来月後半には」


「俺達には正直、それで何が変わるのかは分からないが、一太がそこまで待ち望むのなら、悪くない話なんだろうな」


 と、土方が笑う。


「はい、その点ですが……」


「何だ?」


「これからこの日ノ本がどう変わるかを、お二人に知ってもらいたいと思います」


 2人が揃って真顔になった。



 それから、私は一刻ほど説明しただろう。


 近代国家というものが何であるか、国民国家というもの、憲法と日本が辿るだろう立憲君主制のこと。


 2人は唖然とした表情で聞いていたが、やがて土方が口を開く。


「……ということは、上様とか幕府とかはなくなるわけかい?」


「そうなりますね。もちろん、しばらくは徳川家茂主導で政権が運営されるとは思います」


 大政奉還を実現させれば、天皇の義弟にあたる徳川家茂は政権の代表として残されるだろう。ただし、それは永遠に約束されたものではない。


 むしろ、家茂に課せられる使命は、史実よりも厳しいかもしれない。齢20にして亡くなってしまった史実よりも、だ。


「武士という階級もなくなります。先ほど話をしたように」


「……列強は鉄砲が主流だ。刀に頼る武士がいても仕方がない。しかも、武士の人数はそう多くないというわけか」


「その通りです」


「……まあ、仕方ねえんじゃねえの?」


 予想以上にあっさりと土方が頷いた。「勝っちゃんはどう思う?」と近藤に尋ねた。


「俺には正直ぴんと来ない。ただ、あれだけ剣が強かった総司が『これからは銃の時代だ』と銃剣を使っているのは紛れもない事実だ。こいつの時代は終わりは近いんだろうな……」


 そう言って、愛刀の虎徹を寂しげに眺める。


 無言の近藤に代わって、土方が話を続ける。


「……武士がなくなるということについて、まあ驚きではあるが、反対するかというと反対はしない。何故なら、俺も勝っちゃんも武士ではないからだ。別に損をするわけではないから、な。とはいえ、ここにいる連中の中にはそうでない者も多いだろう。芹沢とかはその典型だし、何より佐々木先生が黙っているとは思えない」


「それは分かっています。彼らが納得するとは思えませんが」


「思えませんが?」


「私は、近藤さんと土方さん、試衛館のみんなと長い時間を過ごしました。だから、ここの人達に黙って、次の日本に進めたくなかったのです」


 私の言葉に2人が微笑を浮かべた。


「そいつは有難い。じゃ、一太先生がきちんと次の時代に進めてくれるように最後の一頑張りをしないといけない、ってわけだな。なぁ、勝っちゃん」

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