32.歴史は違う道を進みだす
第1話 燐介、重い女はどこまでも重いことを知る
1863年12月27日。
クリスマスを終え、俺達とエドワード一行はロンドンを出発してサウサンプトンに向かっていた。
思えば7年前、この場所で古代オリンピック再興を宣言した時から時代は動き出していたようだ。競馬大好きのグータラ皇子だったエドワードはスポーツの世界大会に興味を抱き、ギリシャでは既にオリンピック復興を目指していたザッパス達が俺の宣言に触発された。
そして今、こうした動きが幕末日本を大きく変えるべく、出港する。
福澤諭吉、大村益次郎、伊藤俊輔、井上門多に千葉佐那と中沢琴、山本八重を連れている。
「会津に行くなら中野家によろしくな」
というオスマン皇太子アブデュルハミトの言葉も受けている。
転生してから21年、よくぞここまで来たものだ。
もう、ここでエンドでもいいんじゃないかというくらい動いたのだが、残念ながら俺の話はまだまだ終わりではない。
ここからいよいよ正念場を迎える。
日本では山口一太と沖田総司ら新撰組の面々、勝海舟や中浜万次郎が待っているはずだ。
とはいえ、スターが揃ったから勝てるわけではない。
というより、敗北条件がエドワードの死だ。万一尊王攘夷派の刃がエドワードに及べば、俺達全員切腹をしてイギリスに詫びなければならない。
まあ、俺と山口は仕方がない。
どういう訳が知らないが、勝手にこの時代に押しかけてきて、2人して色々かき回したのだ。切腹させられても文句は言えない。
ただ、巻き込まれる面々は減らしたいという思いはある。
あるのだが……。
「イギリスに残れ? おまえは何をばかげたことを言っているのです?」
何も巻き添えを食らうことはないだろうと、佐那にイギリスに残るように言ったら、冷たい視線でこう言われた。
「いや、万一の時は切腹しなければならないんだぞ? ぐはっ!?」
何故か首の後部に手刀を落とされた。
「おまえは、私が満足に腹も切れない女だと思っているのですか!?」
めっちゃ怒っている。
「いや、そうじゃなくて、俺の件で死ぬことはないだろうって……」
「何ですか? おまえは、自分が死ぬとき、私がついてきたら邪魔だとでもいうのですか? 他に連れていきたい女がいるのですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「それこそ無用の情けというもの。己がこうすべきと思うことについてあれこれ言われる筋合いはありませぬ」
「……」
つまり、佐那は俺と一緒に死ぬとしてもそれは全然気にしないということなのだが、それはどうなのだろうか。
と考えていると、琴さんが入ってきた。
「燐介、真の愛の前では、死など無力なものなのだ。いいかね? 真の愛を示すには、他人にとってはむしろ醜いくらいがちょうど良いのだよ。共に死に、共に朽ち、共に腐乱死体になることこそ、その2人が真に愛し合った証拠だと思う」
何だろう、琴さんが有島武郎みたいなこと(※)を言いだした。
幸いなことに山本八重はそこまで変な方向に走っていない。
「燐介、ダメですよ、佐那様の心境をくみ取らないと」
「心境と言われても、俺にはよく分からんのだが?」
「つまりですね。佐那様には別の婚約者がいるわけですから、共犯にならない限り一緒に死ねないし、燐介を置いて生きていくことになるわけです。それが嫌だから、死ぬなら一緒ということなんですよ。それくらい理解してあげないと……」
あぁ、なるほど……。
確かに佐那は坂本龍馬と婚約状態だ。
だから、俺が死んだら佐那は龍馬のところに戻ることになるが、それでは潔くないと。俺と一緒に切腹する方が良い、と。それによって佐那の愛は完結すると。
いや、重すぎるんだけど。
佐那が重いのは今に始まったことではないけど、重ければ重いシチュエーションになるほど”佐那らしさ”が垣間見えるのもどうかと思うのだが。
「重いというのが何のことなのか分かりませんが、簡単なことですよ。要は燐介が死ななければいいだけです。貴方が死ぬ気でエドワード様を守ればいいわけではないですか?」
「……お、おぅ……」
まあ、確かにそういうことではあるのだが。
というか、山本八重も出会った当初は幕末の面影が全くない幼女という感じだったが、大分山本八重っぽくなってきたなぁ……。
とにもかくにも、佐那が俺と運命を共にしてくれることには感謝しなければならないんだろうな。
ただ、一緒に死ぬなんていうのは嫌だ。佐那と新しい時代を生きていきたい。
もちろん、佐那だけではない。琴さんもそうだし、八重も……
いや、俺がここまで出会ってきた全ての人達も……
「侵入者がいたぞー!」、「船倉に隠れていた不埒者がいたぞ!」
「ワハハハハハ! バレてしまっては仕方がない! 吾輩も共に行くぞ!」
「真のイスラーム革命のために、俺の共に行く!」
前言撤回。
……あの2人はいらんわ……
※有島武郎は愛人関係にあった波多野秋子とダブル不倫の挙句に心中しましたが、「愛の前では死などたいしたことはない」、「我々の遺体は腐乱死体で発見されるだろう」と自己陶酔めいたことを言い、師匠の内村鑑三に「有島君のことを理解できるなんて言う奴とは絶交する」と言われたそうな。
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