第5話 ザッパス・オリンピック

 ゲオルギオスの迷惑な演説が終わり、次の日には昨日の老人を呼び出した。


 通訳で付き添うトリクピスは迷惑そうな顔をしている。パリやロンドンで政治学を学んだだけに「どうしてこんなスポーツなんかのことを」と思っているのだろう。


 ただ、彼に付き合ってもらわないことにはギリシャの人間とは話せないし。



 老人が言うには5年前にザッパス主催のオリンピック大会がアテネで開催されたという。


 元々はというと30年くらい前まで遡るらしい。パナギオティス・ソウツォスという詩人が古き良きギリシャの伝統を詩にしているうちにオリンピックに夢中になり、「やりたい」と言い出したそうだ。とはいえ、ソウツォス1人で大きなことはできないから賛同者と宣伝活動をしているうちに、ルーマニアに逃げていたエヴァンゲロス・ザッパスが支援してくれることになったという。


 このザッパスは、昔、サウサンプトンで俺が古代オリンピック復活を打ち上げた新聞記事も見ていたらしい。「異国人に最初にやらせてなるものか」と国王オソン1世に開催を主張したという。



 当初は反対運動も大きかったらしい。「そんなものを競うのは古代人の発想だよ」という意見があったようだ。しかし、俺がロンドンで開催でもしようものならギリシャの伝統が一つ奪われてしまうと強く主張して、開催にこぎつけたらしい。


「5000人ほどの観客を集めて行われたのだが、これが滅茶苦茶になってしまいましてね」


 開催実績を作りたかったからか、計画が甘かったのか。色々なところに問題が生じたらしい。


 まず、選手登録が滅茶苦茶だったようで、例えば警備にあたるはずだった警察の者が、持ち場を離れて選手として競争に参加していたりしたという。


 また、賞金も出たのだが、これを目当てに勝手に参加するものも多かったという。いつも「目が見えないんで助けてください」と街で乞食をしていた男が、「奇跡だ。急に治ったぞ」と言い出して参加したなんてこともあったようだ。



 総じると、色々混乱も生じたが一応成功裏に終わったようだ。


 とはいえ、ザッパス家にとっては少なくない出費になったようで、二回目を開催するのは容易ではない。


 更にクーデターが起きて国王も変わったという新しい問題も起きている。


 おまけに、俺がイギリスの支援を受けて、ゲオルギオスとともにギリシャに入るということになっており、彼らの活動も意見が分かれているらしい。



「ザッパス家はできることならば世界的イベントにしたいと思っているようですが、ソウツォスさんは反対しているみたいですね」


 この5年前に開催した立役者であるザッパスとソウツォスは2人とも健在だ。


 ザッパスはオリンピックを引き続きやりたいが、出費がデカいのは勘弁してほしいと思っているようで、イギリスや俺の力を借りることには抵抗はないらしい。


 一方、ソウツォスは「ギリシャ人によるオリンピック」にこだわっているため、他国の力を借りることは言語道断という立場だという。


 ソウツォスは愛国詩人家としてまあまあ人気らしいから、これを完全に無視するのも問題があるということだ。



「なるほどねぇ」


 まあ、ギリシャ国内のオリンピックを開催する分には別に構わない。というより、開催してくれた方がそれを世界に広げやすいというものがある。


 スポンサーであるザッパス家が、負担増に耐えきれない様子なのは確かなので、ソウツォスが別のスポンサーを見つけない限りはいずれこちらに傾いてくるだろう。


 となると、俺に出来ることは、現時点ではザッパスと話をしつつ、世界からスポンサーを募るという方向性だろう。資金がしっかりと集まってくれば、ソウツォスに妥協策としての名誉職などを与えることもできるし、な。


「じゃあ、ひとまず都合が合うならミスター・ザッパスに会うこととしようか」



「リンスケよ、スポンサーを探しに行くのか?」


 ザッパスと話をするまでの間、何をしようかと考えているとマルクスが話しかけてきた。


 とてつもなく嫌な予感がする。絶対に変な事を言ってきそうだ。


「……まあ、そうなる」


「吾輩も世界が団結することは必要だと考えるようになった。世界の労働者が団結し、インターナショナルを結成するのだ」


「はいはい、頑張ってね~」


 確かにこのくらいの時期にインターナショナルが結成されていたような気がする。


 それは史実的な運動だから仕方がない。勝手にやらせるしかない。


「スポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などさまざまな違いを乗り越え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって、平和でよりよい世界の実現に貢献すること。リンスケが言っていたこの理念は吾輩が思うに、インターナショナルにも共通するのだ」


「……そうかい」


 確かに最初のスポーツを労働に変えて、最後を「専制者を打破すること」に変更すればそうかもしれないな。


 ただ、おまえのチーム、以前勝つためなら何でもアリで暴力を振るっていたよな、忘れたとは言わせんぞ。


「何より優れた能力をもつ者は優れた労働者であることが多い」


「むむっ」


 これは確かにそうかもしれない。


 ブロ選手の多い21世紀にも、柔道や陸上のように実業団で所属している選手が多い。国によっては軍人だったりすることもあるだろう。


「インターナショナルが優れた選手を供給できるとも思うが?」


「ぐぬぬぬ……」


 マルクスめ、労働者の供給ということで同盟を要請してくるとは。段々悪知恵がついてきたな。




※実際にザッパス・オリンピックの第一回が開催されたのは1859年ですが、燐介が活動していることに危機感を有したザッパスとオソンが1年早く開催したことにしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る