第4話 新首相?の演説

 ギリシャ新国王ゲオルギオスは、国民を前にした演説の中でかつての偉大なギリシャを復活させると言い出した。


 既にイギリスから取りつけているイオニア諸島に加えて、紀元前にいたる頃のギリシャ領を取り戻すという発言に聞いている連中は大盛り上がりだ。


 そして、話が大盛況なところに俺に降ってきた。嫌らしいことこのうえない。


 既に俺が首相になるという話も聞いているのだろう。「新首相! 新首相!」という歓呼の声があがる。


 この雰囲気の中で「国土回復なんて他国と折衝しなければ無理だって」なんてことは中々言えん。


 果たして何を言ったものか。



 俺が中々話をしないのを、どうやら歓声が足りないと解釈したらしい。観衆の声が大きくなる。


 ゲオルギオスも両手を何度もあげて、「もっと騒げ!」と煽っている。


 おまえ、国王じゃなくてどこかプロレス団体のボスなんじゃないのか?


 そんなことを言いたくなるが、これ以上行かないわけにもいかないので、俺も壇上に上がった。



「俺は東洋の日本から来たリンスケ・ミヤジだ!」


 自己紹介すると、「ウワーッ!」と歓声が上がる。ちなみに通訳のトリクピスもそばにいて、俺の言葉を訳している。ただ、聴衆の声に関しては怒号のような声だから訳しようがないだろう。


「今、新国王から話があった通り、イギリス政府からの要請を受けてやってきた! 俺の目的が何であるか、知っているものはいるか!?」


 歓声が少し小さくなり、ざわつきはじめた。


 先ほどゲオルギオスが「オリンピック」と言っていたはずだが、さすがに具体的なことまでは分からないようだ。


「ここギリシャでは昔、偉大な男達がその限界を競い合った! マラソン、ボクシング、レスリング、フェンシング、やり投げと言った競技で、だ! それぞれのポリスから代表が集まり、四年に一度、最強のギリシャ人を決したのだ!」


 トリクピスが説明すると、しばらく押し黙った後、騒ぎ始めた。こうなってくるとほとんどノリみたいなところもあるのだろう。


「俺はそれを、全世界を巻き込んで復活させる! 世界中の代表が、ここギリシャのアテネに集うようにするのだ!」


 これはさすがに凄いことだと分かったのだろう。「おぉーっ、リンスケ! リンスケ!」という声が上がり始める。これも通訳する必要なく分かるな。名前の連呼だし。


 ゲオルギオスが横で叫ぶ。


「そうだ! 向こう10年以内に、ここギリシャに世界中の者が集うのだ! 偉大なるギリシャで行われていた大会を再開し、我々は永遠の輝きを取り戻すのだ!」


 こいつが話すと、何か物騒な響きを帯びるんだよなぁ。



 まあ、文句を言っていても仕方がない。


「だが、競技大会は公正に行わなければならない! かつてのギリシャは多くの競技が盛んで、最強の男達が集まっていた! しかし、今のギリシャにはそこまでのものはない! 俺はこれからの数年、ギリシャをオリンピックにふさわしい文化立国にしたいと考えている! それは国王陛下の偉大さとは少し異なるが、立派な偉大さだ!」


 これにも大歓声だ。「何か分からんが凄いぞ!」というような歓声があがっているらしい。



「俺は世界の富豪たちに、オリンピック開催のためのカンパを募り、その資金をもってギリシャに立派な競技場を建設する! この建設特需でギリシャ国民の経済力もあがるはずだ!」


 21世紀の現代、オリンピックが新たな需要をもたらすということはなくなったかもしれない。


 既に個々の競技が大きく発展したし、どこの国にもそれなりの競技場があるからだ。それを潰して新たな競技場を作り直すメリットがどれだけあるかというと正直何とも言い難い。サッカーチームや野球チームが使うなら毎年収益を出すが、オリンピックのみだとそうもいかないからな。


 ただ、19世紀や20世紀前半であれば別だ。


 この時代はまだ競技場そのものが少ない。


 それこそ、ロンドンにあるローズ・クリケット・スタジアムを始めとしたクリケットや競馬場、ゴルフコースくらいであって、総合競技場といったものはまだない。サッカースタジアムも建設されたのは20世紀になってからだ。この時代なら、競技大会をするから新競技場を作るということは景気刺激策としても有効だ。


 ギリシャも例外ではない。



「あの丘の上にバルテノンがあり、アクロポリスがある! この下には、かつて古代オリンピックが開催されていた、パナシナイコスタジアムがある! 我々は古代の魂に見守られているのだ!」


 古代と叫ぶと郷愁を駆り立てられるのだろう。みんな大盛り上がりだ。


 と、おずおずと手をあげる者がいた。


 何だろう? ナショナリズムを刺激するようなことを言われると困るが、といって無視するのも何か後々「あいつ、挙手している奴を無視したよ。小さい奴だよな」とか言われそうだ。


 仕方ない。発言を認めてトリクピスに通訳させる。


 結構歳のいった老人だ。やせ細っているが、眼光は鋭い。その爺さんが大きな声で言う。


「ミヤーチ首相が言うのは、つまり、ザッパスさんの大会をギリシャじゃなく全世界に広げるんですか?」


「ザッパス……?」


 聞き覚えがあるが、ちょっと思い出せない。


 しかし、見当はついた。



 古代オリンピック復活というのはクーベルタン男爵が最初に言い出したことではない。彼はあくまでそれを組織として実行した人である。


 ギリシャでオリンピックなるものをやっていたということは、この時代でも歴史に詳しい者なら知っている。世界的なレベルのものとしてではなく、ギリシャレベルで再開しようと思った者がいても不思議ではない。


 それがザッパスという人物なのだろう。

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