第3話 新国王の演説

 11月4日、新王ゲオルギオスは初めて国民に対して演説することになった。


 と言っても、宮殿は破壊されたから、そこからは演説ができない。アテネ市内にあるリカヴィトスの丘にある自分と同じ名前を冠するゲオルギオス聖堂の外だ。


「私は、生まれ故郷のドイツを愛してギリシャ語も話せなかった前王とは違う。ギリシャの王として振る舞うつもりだ」


 と、前王のオソン1世をディスっておいて、聖堂前にある広場に向かう。


 実際、デンマークにいる時から、ギリシャ語を勉強していたらしい。



 ここギリシャは識字率が低い。ギリシャ語を読める国民すら少ないのだから、英語やデンマーク語を理解できる者はもっと少ない。


 だから、ゲオルギオスはギリシャにいる時、ギリシャ語以外はなるべく話さないという。


 立派な心掛けだ。俺としては困るけれど……



 ここで改めてギリシャとゲオルギオスの立ち位置を考えてみよう。


 ギリシャに対して利害をもつ大国は大きく四つ。


 元々ギリシャを領有していたオスマン帝国、地中海を支配しているイギリス、地中海に出る道を探りたいロシア、ヨーロッパの代表国であってこれら三か国の間を行き来して自分が得したいフランスだ。


 このうち、イギリスとロシアについては良好な関係がある。彼の姉妹はそれぞれイギリス皇太子エドワードとロシア皇太子ニコライの妻だから、だ。


 だから、オスマンかフランスのどちらかと良い関係を築けば、それなりに安定運営が出来るだろう。


 

 ゲオルギオスがギリシャ語で話をするらしいが、俺はもちろん分からない。


 付き添いでいるのはドイツ語しか分からないマルクスと、英語・ペルシャ語、アラビア語に堪能なアフガーニー。結局、通訳が必要になる。


 つけてくれたのがハリルラオ・トリクピスだ。今年で31歳になる学者然とした男だ。


 父親も首相というギリシャでは名門の生まれのようで、アテネとパリの大学で学んだ後、10年前からロンドンで政治学を学んでいたという。


 イギリスの利害を代表する側に立つ政治家で、俺と共にパーマストン首相とジョン・ラッセル外務大臣が期待している存在といえよう。


「ギリシャ国民よ! 余はゲオルギオス! 諸君らに迎え入れられ、今、ギリシャの王としてやってきた者である!」


 ゲオルギオスが威勢よく名乗りをあげた。


 民衆はどのくらいいるだろう。500人はいないだろうな。


 国王の演説としてはやや寂しいが、そもそもここリカヴィトスの丘がそれほど広くない。


 ま、国王就任演説第一号だ。ギリシャ語を勉強しているとは言っても失敗するかもしれないし、このくらいの規模が無難なんだろう。



「ギリシャ! この素晴らしく、栄光ある歴史をもつ国に王として迎え入れられることに、余は震えを感じた! 余は必ずや、この国にかつての栄光を取り戻すことを約束しよう!」


「……」


 ちょっと威勢が良すぎやしないかな。栄光を取り戻す、とかちょっと危なっかしいフレーズに聞こえるのだが……


「余の即位に際して、義兄であるイギリス皇太子エドワードはギリシャにイオニア諸島を割譲してくれる約束をしてくれた。コルフ! レフカス! ケファロニア! ザンテ! これらの島々は我々の下に帰ってくる!」


 様子見だった群衆のボルテージが上がってきた。


「余は約束しよう! テッサロニキ、テッサリア、マケドニア、イピロス、クレタ島といった地域も取り戻すと! 引いては、かつてのギリシャの栄光を取り戻すと!」


「えぇぇぇ?」


 思わず声が出てしまった。


 ちょっと待てよ。


 そんな領土拡張政策を唱えだすと、今、この場にいる面々の受けは良いかもしれないが、周辺国がカンカンに怒るぞ。


 イギリスとロシアの支援受けているからってちょっと調子に乗っていないか?



 ただ、まあ、若くハンサムな新国王が威勢の良いことを言うから、群衆は大盛り上がりだ。


「ギリシャ万歳! ゲオルギオス陛下、万歳!」


 ギリシャ語が分からんけれど、そういうことを叫んでいるということが分かるくらいに単純なフレーズを繰り返している。


 ゲオルギオスは手ごたえを感じてきたようだ。


「ありがとう! 国民達よ! ギリシャの栄光を再びこの手に取り戻すまで、余は進み続けることを約束しよう! 皆も余を信じてついてきてほしい!」


「ゲオルギオス陛下、万歳!」


 やばいことになった。


 こんなことをゲオルギオスが話していたなんて、アブデュルハミトに知られたらどうなるだろう。あの見下すような視線で「おまえはそれを聞いていて、この国王と国民は大馬鹿だと思わなかったのか?」くらい言いそうだ。


 これは参ったな。


 こんな状況で首相とか外務大臣とかやらされたら、何かある度に大使館に呼びつけられることになりそうだ。胃が痛くてやっていられない。


 とりあえず、今後どうしたものか、一回考えよう。できれば、ジョン・ラッセルに私信でも送りたい……



 そんな悠長な考えは許されなかった。


「本日、イギリスと余から、国民達にもう一つの贈り物がある! ギリシャの誇りを取り戻してくれる男、奇跡の東洋人リンスケ・ミヤーチだ!」


「げげげっ!?」


 あの国王、この雰囲気の中で俺を紹介しやがった!

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