第2話 燐介と新国王①

 エドワードの東方行きを前に、俺はいらないおまけを2人連れてギリシャへと旅立った。



 ドーバーを渡って、フランスでは陸路を南下し、マルセイユから地中海を東に向かうというおなじみのルートだ。


 アテネに着くと、イギリスやフランス、ロシアの士官も多くいる。


 ただし、俺はこの点では結構強みがある。


 イギリスに関しては準母国のような扱いであるし、フランスもウージェニーはじめ知り合いが多い、ロシアについても皇太子ニコライが紹介状を書いてくれたので、三か国の人間全員が良くしてくれる。


 それは有難いのだが。


「フハハハハ! よい扱いだな! 気分がいいぞ!」


「全くだ」


 後ろでうるさい2人をぶん殴りたくなるのはやまやまなのだが。



 ギリシャは30年ほど前から王制が敷かれていたのだが、直近のクーデターでバイエルンから来たオソン1世が退位した。その際に宮殿は壊されて見る影もない。


 なので、俺は国王となったゲオルギオスとアテネのホテルで合流した。ホテル暮らしの国王というのは締まらない。コンスタンティン・カナリスをはじめ有力者は多いのだから、そいつらを頼っても良いのだがと思うが。


「余が誰か有力者に頼ってしまっては、新生ギリシャに依怙贔屓が入ると思われてしまう。余の生活ぶりはどうでもいい。余が国王である、ということこそが重要なのだ」


 さすがに欧州王族。プライドが高いわ。


「そして、リンスケ。おまえのことも頼りにしている」


 頼りにしていると言われても、正直、オリンピックのこと以外、ギリシャで何をすればよいのかというのは良く分からない。


「いや、おまえはまずはオリンピックに専念してくれれば良い。ギリシャで大きなイベントを開催するというのは非常に重要なことだ。何せイギリスはおろか、デンマークから見てもこのあたりの国は十把一絡げという扱いだからな」


 まあ、それは日本人である俺にとっても否定できない。


 オリンピックの母国ということを除いた時、ギリシャがどれだけのものかというと、正直何も印象はないだろう。



 現代は知らないが、この当時の王族というのは中々にプライドが高いものだ。


 ゲオルギオスも色々な素案を携えてきている。


「まずはっきりさせなければいけないのは、故国デンマークに物言いを一切させないということだ。今や私はヴィルヘルムではなく、ゲオルギオスであり、ギリシャ王だ。ギリシャのことが第一でデンマークのことは捨ててきた」


「分かりました」


「そしてギリシャを一刻も早くヨーロッパの一員として迎えさせるようにしなければならない。そのためには憲法が不可欠だ」


 憲法を定めることによって、他国の者が自分の権利がどのように保護されるかが分かる。


 それが引いては国家の繁栄に繋がるということだな。


「できることならば、他のヨーロッパより進んだ理念を取り入れたい。普通選挙、秘密選挙、直接選挙なども入れたいものだが……」


 そこでゲオルギオスは顔を曇らせる。


「ただ、ギリシャの国民は大多数が文字も読めないと聞く。果たして高度な選挙に対応できるのかどうか」


「いや、頑張って入れましょう。陛下」


 俺は国王を励ました。


 何も、理想主義に立ちたいというわけではない。


 選挙制度を不十分にした場合、俺の後ろにいる物騒な2人が「共産主義革命だ!」、「イスラーム革命だ!」とか言いかねない危険があるからだ。



 それにまあ、世界でもっとも教育レベルが高いはずの21世紀の日本でも、選挙が完璧に機能していると言い難いところもある。投票率は半分前後だし、候補者にバリエーションがないという批判も多い。


 選挙制度がどうこうというより、社会を取り巻く様々な様子が影響しているのだろうと思う。


 だから、文字を読めないというだけで失敗と決めつけるのは早計ではないだろう。



 とはいえ、ゲオルギオスは何といってもデンマーク出身だ。


 北欧というのは結構進んだ政治制度を採用している。だから、どうしても他国がダメなように見えるのだろう。


「いや、ちょっと待て。北欧と一括りにするな」


 俺が北欧はいいよねと言うと、ゲオルギオスが露骨に不満そうになった。


「スウェーデンのような国と一緒にされては困る。あんな拝金主義の国と」


「拝金主義?」


「知らんのか? スウェーデンでは納税額に応じて投票数が決められるし、地方選挙には株式会社が投票できるのだぞ?」


「えっ、そうなの?」


 驚くべきことに、この時代のスウェーデンでは大金持ちは一般市民の50倍くらい投票権をもっているらしく、400以上の自治体では、1人で過半数を投票できる仕組みになっているらしい。


「それを今後は全国選挙にも普及させるらしい。あんな国と一緒にするな」


「へぇ、知らなかったな」


 スウェーデンというと、世界屈指の透明度の高い選挙をしているというイメージがあったが、いつの時代もそうだったわけではないらしい。


「でも、シュレスヴィヒとホルシュタイン問題ではそのスウェーデンをアテにしているんだよね?」


「私ではない、父たるデンマーク王が、な」


 ゲオルギオスは再度言う。


 自分はデンマークの王族ではない、ギリシャ王なのだ、と。

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