31章・ギリシャ勝ち組化計画

第1話 燐介とエドワード、それぞれの道

 1863年9月。


 ヴィクトリア女王はイギリスの政務に復帰した。


 その最初の宣言として、今後は選挙結果を真摯に国政に反映させるということがなされた。


 これは俺にとってはちょっとマイナスかもしれない。というのも、ヴィクトリア女王はアルバート大公没後、心身への負担が大きいという理由で内閣交代を拒んでいたからだ。


 その結果、パーマストン内閣はもう5年以上続いているし、その間外務大臣をやっているジョン・ラッセルとの関係は極めて良好だ。彼以外の人物が外務大臣になると、政策見直しなどで色々ややこしいことになるかもしれない。


 この辺りはアメリカ大統領が民主党であるか共和党であるかで困っている現代日本と通じるところがある。



 もっとも、そこまで不安であるわけではない。


 幸いなことに俺は保守党重鎮のベンジャミン・ディズレーリとの関係も悪くはない。保守党に移ったとしても、何とか維持できるのではないかと思うのだが。


 もう一つの理由はプリンス・オブ・ウェールズ・エドワードとの関係もある。


 ヴィクトリア女王は、ヨーロッパの王室との関係については引き続き女王として引っ張っていくと言ったが、それ以外の地域つまりアジアなどはエドワードに任せると言った。


 つまり、エドワードとの友情がある限り、日英関係にヒビが入る危惧をすることはない、ということだ。



 そのエドワードは、11月に日本に向けて出発することになった。


 ヴィクトリア女王が決定した時も、まあまあ世界の転機になるように思ったが、冷静に考えるとそれ以上のことが起こるかもしれない。


 ニコライ2世が斬られた大津事件のようなことを思うと不安になるが、一方でそれがなければどうなるか。


 このクラスの来日となると、将軍も天皇も動くしかなくなる。山口がうまくこの機会を使えば、幕末維新に向けて大きな動きをもたらせるのではないかと思う。


 ただ、繰り返しになるが、エドワードの安全確保は最重要課題だ。


 議会でも、それは念入りに検討されている。



 現状、日本から来ている面々が全員護衛役となってくれるだろう。


 つまり、千葉佐那、中沢琴、福沢諭吉、大村益次郎、山本八重といったところだ。


 相手がエドワードということを考えると、女子比率が高いのは不安だが、八重はともかく佐那と琴さんならエドワードより強いから心配無用だろう。


 あとは、イギリスからも選りすぐりの護衛がついてくれることだろう。


 日本に行った後も、山口に、新選組の面々、あとは長州の桂小五郎も面識はあるから護衛してくれるはずだ。


 これだけの面々が護衛に回れば、まず問題ないだろう。



 俺はどうなのかって?



 残念ながら、俺はギリシャに行かなければならない。


 ギリシャ王に選ばれたデンマーク王子ヴィルヘルム。王としてはゲオルギオス1世のアテネでの即位式に合わせて行かなければならないからだ。


 順調に行けば、その後首相にも選ばれる見込みだという。



 イギリスの日本贔屓は、俺がイギリス外交に色々貢献しているから、という部分もある。


 エドワードについて行きたいのはやまやまだが、俺が日本に戻るよりも、俺がギリシャでイギリスのために資する方が、イギリスにとってもエドワードにとってもプラスで、ひいては日本にとってもプラスになる。


 だから、俺はギリシャに行くしかないわけだが……



「フハハハハ! 吾輩がいるからには鉄の橋を渡ると思うがよいぞ!」


「イスラーム圏に近いギリシャであれば、我が理論もよりリンスケのために資するだろう」


 カール・マルクスと、ジャマールッディーン・アフガーニー、この2人が今回も俺のおまけみたいな形でつけられることだけは納得がいかない。


「確かにカール・マルクスの経歴には気になるところがあるが、現王ゲオルギオスはデンマーク王子であったし、その前のオソン1世はバイエルンから来た者だ。つまり、ミスター・マルクスは環境が近い。ついでに言うと、ギリシャからは出禁を食らっていないし」


 とマルクスを評して。


「ギリシャは長いことオスマン帝国の領土だったから、イスラームの影響は強い。イスラーム哲学者がいるというのは大きな力となるのではないかね?」


 とアフガーニーを評する。その間、ジョン・ラッセルがずっと笑っている。


 絶対に面白がっているだろう、という顔だ。



 要は「何だかんだおまえのおまけみたいなものだろ」とマルクスとアフガーニーについて認識されているということだ。共産主義の元締めにイスラーム改革主義の提唱者、どう見ても「あの人、怪しい人と付き合っているよね」と思われるような状況である。


 マックス・ウェーバーはいないのか!?




 余談:マルクスと何かと対比されがちなマックス・ウェーバーは1864年生まれなのでまだ生まれてもいません。

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