第8話 一太、伊東道場を訪ねる①

「どうする? 一度、伊東と会ってみるか?」


 沖田に尋ねてみた。


「いいね! 一言くらいは文句を言いたいよ。近藤さんの志を無駄にする連中なんだから」


「まあ、それについては佐藤先生も言うように、やむない部分もあると思うのだが……」


 ただ、別の道場ならともかく伊東道場に大勢行くことは、近藤も土方も喜ばないかもしれない。


 というのも、史実の伊東甲子太郎は、新選組内部において尊皇攘夷論を唱えて、特に土方歳三と激しく対立した存在だからだ。実際には伊東の尊皇攘夷論はそこまで激しいものではなく、新選組内部の主導権争いが大きかったのではないかとも言われているが、とにかく対立して暗殺された。


 その経緯から行けば、当然、ここでも反土方の動きとなるようなことをしていそうだ。



 伊東は優秀な人物でもあったらしいから、試衛館の中核メンバーが京で尊皇攘夷の連中と戦っていることを知っているだろう。となると、試衛館の門弟を尊王攘夷論に傾けることは、相手の戦力を削ぎ、味方の戦力を強化するという点で一挙両得とも言える。



 この時期であれば大問題とまでは行かないが、あまり好き勝手にやられると困る。


 と、考えていると、これまで無口だった佐々木只三郎が「伊東道場に行く際には自分も連れていってほしい」と言い出した。


「幕閣に諮って、浪士組とは異なる治安維持のための部隊を作りたいと考えているのだ」


「と申しますと?」


 一応、理由を尋ねてみるが、不思議な事ではない。


 既に述べた通り、佐々木は史実では京都見廻組のリーダーだ。浪士組結成には関わっていたが、おそらくそこではやりづらい、と考えたのだろう。



 新選組と見廻組の違いは何かというと、身分だろう。


 新選組は隊長の近藤や土方自身がそうであるように、武士でない者も多く含まれている。一方の見廻組は武士から成り立っている。


 現時点では京全域を新撰組が見ている。商人や町人などの多い祇園などでは問題ないが、武家街や公家の多い二条周辺では「何だ、あいつらは?」と思うこともあると言う。


 古い人間が多いとも言えるが、犬には犬を、猫には猫を差し向けた方が良いのも確かだ。



 そういう点で、佐々木の発想なのか別人の考えなのかは分からないが、見廻組という新しい、堅い者向けの組織を作るのは悪くないのだろう。


 ただ、これから国民国家を作っていくに際して、「武士という身分」にこだわる見廻組は困った組織ともなりうる。


 佐々木只三郎に悪意はないのだろうが……



 いずれにせよ、2人を連れて深川にある伊東道場に向かうことにした。



 本所や深川は旗本の家も多い。


 有名どころで言うと、鬼平の名前で知られた長谷川平蔵や、遠山の金さんとして知られる遠山金四郎などなど。


 当然、そうした旗本の次男・三男といった存在が近くを歩いている。鬼平や金さんが無頼な生活を送っていたかどうかは不明だが、ああいう存在もいたかもしれない。


 そういう連中が伊東道場にも集まっているだろう。それを佐々木只三郎はまとめてすくいあげたいようである。



 そんなことを考えながら、深川にある伊東道場に着いた。


 外から見るだけでも大層羽振りが良いことが分かる。その様子が沖田を更に不機嫌にさせたようだ。試衛館にいた者としては、「そこから引き抜いて活気が良い」のは我慢できないのだろう。


「ごめん」


 とはいえ、沖田も殴り込みに入るわけにもいかない。先頭で入るのは佐々木只三郎だ。


「某は講武所の師範を務めているもので佐々木只三郎と申す。道場主はおられるかな?」


 講武所の師範、という言葉に周りにいた者達がどよめいた。「あれが佐々木只三郎か」というヒソヒソ声も聞こえてくる。


 永倉や斎藤も相当な手練れであるが、由緒正しき剣術使いとなると、試衛館のような中堅道場ではなく、三大道場や幕府に重用されている人間となる。幕府の正式機関である講武所で師範を務めているという佐々木は十二分すぎる存在だ。


 見渡すと見覚えのある者も何人かいた。以前、試衛館にいた者達だ。


 そうした面々を沖田が「この裏切者め」とばかり睨みつけている。居づらくなったのだろう、彼らは他の門弟たちの後ろに移動していった。



 程なく、伊東が現れる。


 中々の長身だ。すっきりとした顔立ちをしており、服装の着こなしもしっかりしている。総じて育ちの良さをうかがわせる人物だ。


「お初にお目にかかります、伊藤甲子太郎と申します。佐々木殿の御噂はかねがね……」


 と言って、私達にも視線を向けた。


「そちらにいらっしゃるのは試衛館師範の沖田総司殿ですな?」


「あ、うん。そうだけど?」


「試衛館にはいつもお世話になっております。本来なら人を京に派遣して挨拶などなすべきなのでしょうが、暇が中々なくご無礼を続けております」


 と、丁寧に頭を下げた。


 これには沖田も毒気を抜かれたようで、「あ、いや、別にいいと思うよ」とトーンダウンするどころか「伊東道場から来てもらった藤堂先生はとても頼りになる人で浪士組も感謝しています」など、先程とは全く違うことも言いだす。


「そちらの御仁は……?」


 伊東が私の顔を見て、首を傾げたが、佐々木が紹介してくれた。


「京都守護職の補佐を務めている山口一太先生です」


 伊東は派手に驚いた。


「何と、貴方が山口先生でしたか。一度お会いしたいと思っておりましたが、まさかお越しいただけるとは」


 多少演技もあるようだが、半分以上は本心のようだ。



 伊東が私に会いたいというのはどういうことだろうか?


 彼の経歴を考えると、あまり良い理由ではなさそうだが……


「せっかくお越しになられたのです。むさくるしいところではございますが、どうぞお上がりください」


 さしあたり伊東は、人当たりの良い笑顔で、我々を迎え入れてくれた。

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