第7話 一太、横浜と江戸で根回しする③

 中浜万次郎が燐のことを疑っている。


 引いては私のことを疑っているのかもしれない。


 燐のことを聞かれるのは意外だったが、私のことを聞かれることに関しては想定していた答えがある。


「恐らく、特殊な生まれによるのでありましょう」


「特殊な生まれ?」


「インドの思想に輪廻転生というものがございます」


「輪廻!?」


 中浜があんぐりと口を開いた。


「その方は、燐介が輪廻したと申すのか?」


「左様でございます。恐らくイギリスやらアメリカで人生を終えた後、今の宮地燐介として生まれ変わったのでありましょう」


 実際、そうなのだろうと思う。


 そうでなければ、私も燐も共にいるということは中々考えづらい。


「恐らく、彼は昔の記憶を持ったまま、輪廻したのでございましょう」


「いや、しかし、そんなことが……」


「逆に、他にどのようなことがあるのでございましょうか?」


「う、うぅむ……」



 こうした点については、19世紀であって良かったのかもしれない。


 21世紀の現代と比較して、信じられないような話でも「あるのかもしれない」となってくれる。


 現代であれば、まずは当然「信用できない」となり、疑いようがないとなれば今度は研究しようということになる。下手すると自由がなくなってしまうかもしれない。


 国家組織の縛りの希薄な19世紀で良かった、と思える話だ。



 ひと悶着はあったが、江戸城で将軍・徳川家茂と勝海舟に話をすることができた。


 これで、長州、幕府、朝廷と押さえた。薩摩は薩英戦争が終わってから、話を持っていく形で良いだろうし、他の藩については今後の動向を見据えるという形で良いだろう。


 ノルマを達成したので、その日は江戸で宿泊をして、翌日、横浜に立ち寄ってオールコック大使に挨拶をした後、京に戻ることにしよう。


 そう予定を立てたところで、沖田が不意に「試衛館道場がどうなっているか見てみたい」と言い出した。


 なるほど、確かに近藤勇は試衛館道場を親戚に預けて、京に行くことになった。


 その後、試衛館がどうなっているのかという話は聞いていない。もちろん、近藤は状況を聞いているだろうが、他者に話すことはない。沖田が気にするのも当然のことだ。


 多少の時間を要することにはなるが、実際に確認して、試衛館組に状況を伝えることも大切だろう。私は沖田の意見に乗ることにした。



 であるので、その日は小石川方面に宿をとった。


 翌朝、日の出とともに市ヶ谷にある試衛館道場を目指す。


 道場のたたずまいはそのままだった。


 しかし、雰囲気はかなり異なっていた。以前は門弟が朝からうるさいくらいに騒いでいたが、今は物静かなものである。


 沖田を先頭に門に入ると、近藤から後事を託された佐藤彦五郎が道場を清掃していた。


「佐藤さん!」


 沖田が呼びかけ、向こうもこちらに気づく。


「おぉぉ、君達、久しぶりだな」



 軒先にまであがって、近況を聞いた。


「やっぱり、有力な門弟がいなくなってしまったから、中々大変でねぇ」


 佐藤はそう言って苦笑した。道場経営はかなり苦しいものらしい。


「沖田君はもちろん、斎藤君も永倉君もいなくなってしまったので、教える人がいなくなってしまってね。これに備えて、藤堂君から伊東道場を紹介してもらっていたんだが……」


 そう言ってまた苦笑する。


 伊東道場から人を派遣してもらったり、練習させてもらったりしているうちに門弟の多くを引き抜かれてしまったらしい。


「現在はこっちの方ではほとんど活動していなくてね、もっぱら調布や日野の方で活動している」


 多摩から江戸までは半日以上歩かなければいけないから地元の門弟がそうそう抜けることはない。地方の道場としては健在のようだ。しかし、江戸でやっていくには抜けた穴が大きすぎる。


 近藤達は活躍してはいるのだが、そうした名声も江戸の試衛館には助けになっていないようだ。



 沖田が頭を下げる。


「佐藤さん、ごめんね。俺達がいないせいで」


「いやいや、君達はお国のために頑張っているんだ。むしろ、こちらの実力不足を痛感するよ」


 佐藤はそう言って詫びるが、それが逆に沖田には罪悪感となるらしい。


 その罪悪感は、試衛館から人を奪ったという方向に向いてしまう。


「にしても、その伊東道場も酷いね。藤堂先生から紹介してもらっただけのはずなのに、門弟を奪うなんて」


「いや、彼らも悪気があるわけではないんだ」


 と佐藤は擁護しているが、全く悪意なしということもないだろう。


 伊東道場というと、新選組の獅子身中の虫とも言える伊藤甲子太郎いとう かしたろうの道場のはずだ。新撰組内において尊皇攘夷を唱えて近藤・土方と対立し、最終的には内部分裂からの粛清という悲劇的な結末を迎えてしまった組織だ。


 因縁が強すぎる。


 もっとも、史実ほど対立するとは思えなかった。


 現在の新撰組……正確には名称変更をしておらず浪士組のままだが……は、史実よりもより勢力としての威勢は高い。会津藩も認めているし、私の繋がりで朝廷にも多少の顔は利く。その甲斐あって、清河も芹沢も離脱しておらず、人数も史実より多いし、活躍の度合いも大きい。


 史実ほど、浪士組は伊東を警戒する必要はない。



 ただ、それとは別に伊東に会うのは悪くないかもしれない。


 伊東は水戸出身だったはずだ。


 水戸は、桜田門外の変以降は大人しい。史実では内部分裂を起こしまくった挙句に1864年に水戸天狗党の乱を起こして、更に内訌を激しくした。


 この世界では、徳川斉昭が史実よりも長生きしたし、対立が多少緩和されていると思うが、それでもどうなっているかは分からない。江戸城に行けば分かるかもしれないが、水戸藩の多くの者は井伊直弼の擁立した徳川家茂を嫌っているので積極的に情報提供してくれないだろう。だから、水戸の現状というものはあまり分かっていないかもしれない。


 急ぐ旅どもない。水戸の様子を確認すべく、伊東道場に行ってみるのも悪くないだろう。

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