第5話 一太、横浜と江戸で根回しする①
長州の桂小五郎、朝廷にも話を通したので、今度は幕府ということになるだろう。
私は、天皇の許可を得て江戸へと向かうことになった。今回も護衛として沖田総司と、あとは佐々木只三郎がついてきている。
佐々木は京都見廻組のリーダーとしてよく知られた存在だ。ただ、現在まだ見廻組は存在しておらず、佐々木は浪士組の1人として協力していた。今回、たまたま江戸に所用があったらしく、共に戻ることになった。
新選組ではないので若干地味ではあるが、見廻組も十二分に精強な組織だ。佐々木が護衛についているというのは有難い。
もっとも、佐々木は生真面目で終始無言、やや付き合いづらいタイプである。向こうの方が年上でもあるから、ほとんどコミュニケーションが取れない。
とはいえ、のんびりした旅ではない。折衝をしなければいけないし、同時並行で進んでいる情勢を見極めるための急ぎの旅だ。
2人とともに移動を急ぎ、途中横浜に立ち寄った。
エドワード来日情報の続きがあるか、あとは薩摩への海軍派遣がいつになるかを確認したいからである。
居留地内にある施設には英国大使ラザフォード・オールコックの姿もあった。
「ミスター・オールコック。こちらにいたのですか」
私はけげんに感じながら挨拶をした。
この世界では、イギリス公使館は東禅寺から動いていない。だから、本来なら江戸で活動しているはずだ。尊攘行為が激しくて逃げてきたのだろうか。
そうではなかった。
「何せ、殿下が来られるとか薩摩を砲撃するとか、色々情報がありますからね。横浜でいち早く接しないことには」
公使があるのは江戸だが、船と情報をもたらすのは横浜だ。ある種、私と同じような心境でいたらしい。
「何か進展はありますか?」
「殿下の来訪については10月頃に出発するということですので、来るのは12月になるでしょう」
「そうですか。とすると、こちらでは年明けになりますかね」
繰り返しになるが、日本とイギリスでは使っている暦が違う。
この年なら、政変が起きた8月18日は陽暦の9月30日だ。一か月以上、陽暦が先に進んでいる。
「薩摩を砲撃する艦隊は、まだ出発はしていないはずですが、いつ出てもおかしくないようです」
「つまり、東インド・中国艦隊司令官の決定次第ということですな」
「その通りです。この横浜に立ち寄り、そこから鹿児島に向かい、最終勧告を行ってから砲撃するものと思います」
オールコックは砲撃と言った。
日本では薩英戦争と呼ばれているが、イギリスの認識では「薩摩砲撃」である。戦争のようなものとは考えていなくて、「薩摩の無礼に対する懲罰行為」という認識だった。
ただ、実際には鹿児島側の反撃もイギリス側に命中しており、少なくない犠牲者が出ている。だから戦争と称しても間違いとは言えないだろう。
似たようなものとして、ノモンハン事件がある。
日本とソ連が砲火を交えたのであるが、この衝突はソ連を含めた海外には「戦闘」と認識されている。「事件」としているのは日本の国境紛争の一事件に過ぎない、という認識によるものだ。
彼我の間で認識が異なることは多々あるといえよう。
「つまり、順番としては薩摩への砲撃が先、殿下の来訪はその後ということで間違いないですね」
「その通りです」
これはイギリス側としては自然な順番だろう。
まず、砲撃をして生意気な薩摩を懲らしめる。その後にエドワードを送り込み、反省しているようなら条件次第で執り成しもするという順番だ。
「海軍側として、殿下がどこに来訪するか計画を立てているのでしょうか?」
「いや、それはこちらに一任されています」
「それではイギリス公使の方では、殿下の日本での活動をどのようにされるおつもりでしょうか?」
質問を繰り返したせいか、内容が癇に障ったのか、オールコックがムッとなった。
「ミスター・ヤマグチ、さすがにそこまで伝える義務はないと思うのですが……?」
「それはそうですが、私の方でも二点、三点、要望もございますので」
二点、三点とは言っても実質的には要望は二点だ。
日本側の事情として、まずは非公式で構わないので長州に行かせたいこと。その理由としてはエドワードとロンドンで会った吉田松陰の墓参というものがあること。
朝廷で孝明天皇と会うことは不可能だが、皇太子睦仁であれば可能性はあるということ。
「この二点だけはどうしても守っていただきたいと思っております。それがなければ、今後日本とイギリスが気持ちよく付き合っていくことができないかと思います」
「……うーん」
オールコックは私の返答に渋い顔をしつつ、自身の目論見を披露してくれた。幕府、薩摩、朝廷の順番で行かせたいらしい。
幕府は日本を代表する組織であるので当然である。続いては薩摩が反省しているようなら早い段階で英国皇太子を派遣して懐柔したいと思っていたようだ。朝廷については、できれば孝明天皇を引きずり出したいと思っている。
「長州については、ミスター・ヤマグチの言う通りではありますが、彼らはもっとも危険な存在です。そこに殿下を派遣して万一のことがあれば……」
危惧することは皆、同じらしい。
確かにエドワードが襲撃されたら、目もあてられない。
しかし、長州をどうにかしない限り、ここから前進できない。
「それは長州にも幕府にもよく言って聞かせます。日本が前進するためには、非公式という形であっても、どうしても長州に最初に行かなければなりません」
オールコックは「うーん」としばらく考えていたが。
「……分かりました。ミスター・ヤマグチがそこまで言うのなら。ただし、責任は持てませんぞ」
「分かっております」
長州が危険なのは間違いない。公使としては反対するしかないだろう。
もちろんうまく行かなければ切腹ものの話だが、とにかく、私の意見は容れられた。
横浜での滞在はおよそ3時間。目的を首尾よく終えて、その日のうちに江戸へと向かった。
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