第4話 幕末維新と天皇

 プリンス・オブ・ウェールズ・エドワードが来るという大前提はあるが、最大の懸案であった長州の開国問題が解決するかもしれない。


 その安心感でその日はすっかり酔ってしまい、翌日、目を覚ましたのは巳の刻を過ぎていた(午前十時くらい)。


 その後、のんびりと朝食を摂っていると外が慌ただしくなる。


 何か事件でも起きたかと思ったら、近藤勇が騒々しく入ってきた。


「山口先生、起きていたのか?」


「すみませんね。昨日は飲み過ぎてしまって」


「それはいいんだが、昨晩、御所から使いが来た。明日、なるべく早く出て来てほしいということだ」


「えっ?」


 私は血の気がサッと引くのを感じた。


 御所から来いという要請が来ている、十中八九孝明天皇の呼び出しだろう。


 本来なら辰の刻(7時から9時)に出ていなければならないくらいのことだ。既に時間は昼に近い。とんでもないことである。


「もっと早く言ってくださいよ!」


「いや、昨日は大仕事をしたと歳が言っていたもので」


 大仕事をしたのは確かだが、それで天皇の呼び出しに遅れるわけにもいかない。


 私は朝食をとりやめて慌てて準備をする。そのうえで、沖田を連れて御所に向かった。



「も、申し訳ありません……」


 孝明天皇の前に出仕すると、まずは沖田ともどもひたすら平伏だ。


「いや……、まあ良い」


 孝明天皇は何か言いたそうではあったが、飲み込んだらしい。


「決して、主上をないがしろにしたとか、そのようなつもりはなく、単に外に出かけておりまして、そのご無礼は平にご容赦……」


「だから良いと言っておる。そんなことを話すために呼んだわけでもない。それに、大きな出来事が起きているということは朕も聞き及んでいる」


「ははっ」


「昨日、京都守護職が参ってきた。何でも、異国にも皇太子がいて、その人物が日本に来るかもしれぬということらしいな?」


「左様でございます。まだ、確定してはいないようですが」


「来れば、日ノ本は大きく動くであろうな?」


「……恐らくは」


 外国嫌いの孝明天皇である。


 外国の皇太子と言われても「一緒にするな」という思いはあるだろう。しかし、それで感情的になっても日本が良くなるわけではない、ということもまた理解しているようだ。


「一太よ、繰り返しになるが、朕は数多の祖先から引き継いで、今、この地位におる。朕にとって、異国の者をこの日ノ本に入れること自体、祖先に顔向けできぬ行為と考えておる」


「重々、承知しております」


「しかし一方で、以前一太が申しておったこともまた肝に染みておる。朕が頑なに考えを曲げぬことで、民百姓を苦しませることがあれば、それは全く本意ではない」


 大きな溜息をついた。よくよく見ると、目の下に大きな隈ができている。色々考えて、夜、眠れなかったのかもしれない。


「異国の皇太子が来れば、当然、朕にも会いたいと言ってくるだろう。それは朕の受け入れられるところではない。しかし、先程申したようにそのために多くの者を苦しめることはできない。それに単なる異国人ではなく異国の皇太子が来たとなれば無下に断るのも失礼にあたるだろう。そこで、だ」


 そう言って、パンパンと手を叩いた。


 失礼いたします、女官の声とともに奥の廊下から一人の少年が歩いてきた。少年といっても着ている服装は目の前の天皇とほとんど変わらない。


 ここに至り、孝明天皇の考えが分かった。



「……皇太子殿下を、会わせるというのですな」


 後の明治天皇、皇太子の睦仁だ。


「それで何とか押し通してもらいたい。これが朕に出来る最大の譲歩だ。この上を、というのならば朕は譲位をし、先祖に詫びる生活をするしかない」


「滅相もございません。そのような必要はございません。臣はかの国の皇太子と面識がございます。もし彼の者が主上に会いたいと言ったとしても、身命を賭けて阻むつもりでございます」


「その言葉で安心した。一太よ、頼んだぞ」


「勿体なきお言葉にございます」


 本当に驚きの展開である。


 こう言っては何だが、私は一年前まで御所に来たこともなかったし、朝廷と繋がりがあるわけでもない。その私に対して天皇がここまで言うというのは本当に驚きだ。


 と、私が今、思ったことを天皇も察知したらしい。


「幕府も朝廷の公家どもも好き勝手言うばかりで、日ノ本をどう導くべきか何も分かっておらぬようだ。少なくとも朕に対して、日ノ本の未来を提示したのは一太よ、おまえだけだ」


「ははっ」


「朕は長く生き過ぎたのかもしれぬ」


「め、滅相もございません」


 これもまた驚きだ。孝明天皇はまだ32か3のはずだ。この時代なら若いとも言えないのかもしれないが、「長生きした」などと言える年齢ではない。


「今から朕が考え方を変えるのは難しい。だが、皇太子はそうではない。新しい日本のための知識や理論を学んでいくことができるだろう」


「……」


 確かにその通りである。


 史実でも孝明天皇が幕末に亡くなり、若い明治天皇が即位したことで日本が新国家になる道筋が出来たといってもいい。


 それはこの世界でも変わりがない。


 どこかのタイミングで、明治天皇が必要となる。

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