第13話 女王はイギリスの未来を決める
とにもかくにも、ヴィクトリアが中庭の方に出て来て、佐那と琴さんの方に向かっていく。
2人は女王に気づいて、慌てて平伏したが、女王は「良い。そのままやっていなさい」と言い、近くの椅子に腰を落ち着かせる。
「陛下、お疲れでしたらお休みになられても……」
ラッセルが近づいた。女王は実際に疲れたような顔をしているが、勧めには応じない。
チラッとエドワードを見た。
「ラッセル伯爵。妾はとんでもない息子を持ちました。母である妾を突き飛ばし、ババア呼ばわりまでするとは」
「は、はぁ……」
ラッセルはやや戸惑っている。エドワードは「知るか」という顔をフンと横に向けた。
「このような息子には罰を与えなければなりません」
「何と?」
「この馬鹿者はかつてインドにも行きたいと言っておりました。希望を叶えてやりなさい、インドに行かせ、その前に日本にも行かせなさい」
「……何と!?」
全員が驚くが、ヴィクトリアはそのまま話し続ける。
「……妾はヨーロッパより遠いところまで見ることはできません。大英帝国の威光はそこまで広がっているのでしょうが、私はそこまで行くほど元気ではありません。そこから先はこのようなバカ息子に行かせた方が良いでしょう」
「……し、承知いたしました!」
「本日中に手紙をしたため、パーマストン子爵のところに届けるよう手配します」
全員、ぽかんとした顔をしていた。
ややあって、ラッセルがエドワードに「大英帝国の威光を、伝えに行くのですぞ」と伝えた。
女王はある意味三つのことを宣言したと言って良い。
まずは引き続きイギリス女王たらん意思を示したということ。
ただし、彼女は外交面ではヨーロッパに専念するということ。それより他の地域についてはエドワードに任せるということ。
それはつまり、将来的なエドワードの継承を改めて認めたということ。
更にエドワードに「最初に日本に行くように」伝えたのだから、端的に言えば、日本とエドワードの大勝利だ。
しかし、同時に結構大変なことでもある。
これから30年後くらいの日本でも、ロシア皇太子に切りかかるという大津事件が発生した。今、それより殺伐とした日本にエドワードが来て、暗殺でもされようものなら日本は本当にジ・エンドだ。
日本の大勝利エンドへの道筋が開けたように思うとともに、大敗北エンドへの道筋も同時に開いてしまった。そんな感がある。
エドワードの訪日のために厳重な体制を固めないと。
でも、俺はもうすぐギリシャに行かないといけないんだよな……
「よろしいですか? では、私は屋敷に戻ります」
ヴィクトリアは中へと歩いていく。
そこに歩み寄り、声をかける者が1人、佐那だ。
「女王陛下!」
ヴィクトリアはけげんな顔をして振り向いた。「まだ、何かあるのか?」という顔だ。実際、俺も「余計なことをしないでくれよ」という思いが先走る。
佐那はそんな俺達を無視して、口を開いた。
「あの……私がこんなことを言うのは大変無礼かもしれませんが、ですが、私は女王陛下のことを尊敬申し上げております。同じ女子として、愛する者のことをずっと思い続けられる気持ちは、素晴らしいと思います」
「……ありがとう」
ヴィクトリアは初めて柔らかい表情を見せて、また振り返って屋敷に入った。
入り口が閉じ、カーテンが閉められるが、先程までのように全部のカーテンは閉じられない。
女王は先ほどまでの真っ暗な部屋ではなく、少しだけ暗くした部屋へと戻っていった。
それは、彼女にとっての前進なのだろう。
確かに、旦那が亡くなって一年以上経つのに引きこもり続けているヴィクトリアは重いというより他ない。
そして佐那も重いことこのうえない。
日英重い女同士、相通じる者があったのかもしれない。
「燐介」
「うわあっ!? 俺は何も変なことは」
急に呼びかけられて思わず頭を守るようにして振り返ると、声の先にいたのは琴さんだった。呆れかえったような顔をしている。
「何かまた変なことを考えていたんだね?」
「と、とんでもないです。そんなことは」
「まあ、いい。しかし、今の女王と日本の神話をシンクロさせるというのは中々驚きの考えだったけれど、こんな芸みたいなもので通用するのかと内心は慄いていた」
「へえ、琴さんでも慄くなんてことが」
「当然だ」
まあ、確かに、女王が冷静だったら、「妾を馬鹿にしているのか!」と激怒していたかもしれない。
ただ、女王はディズレーリと仲が良かったという話だ。あいつも結構芝居がかったところのある男だし、そういうところが受けたのだとすれば通用するだろうとは思った。
失敗したらなんて考えていなかったけれど、確かに失敗していたら大変だったなぁ。
今更ながら怖くなってきた。
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