第12話 燐介、女王に日英関係を説く③
オズボーン・ハウスの中に入り、女王のいる部屋へと通された。
「女王陛下、リンスケ・ミヤジを連れてまいりました」
ラッセルが呼びかけると、「入りなさい」という無気力な声がする。
それでは、とラッセルが扉を開けた。
「うわ、暗っ」
夕方という時間帯を指定したのは俺の方だが、仮に昼だったとしてもこの部屋は暗い。カーテンは完全に閉められていて、明かりもついていない。
薄暗い奥に、人の気配を感じる。
「リンスケ・ミヤチか?」
「あ、はい。そうです」
「報告は受けておる。ただ、妾は乗り気ではない」
はっきり言われてしまった。
「妾とイギリス、そして日本との間に、何の関係もないからだ」
そこまで利己的でいいんかいと突っ込みたくもなるが、短期は損気。ここは冷静にやり返す。
「直接的な関係はないですね。ただ、両国はよく似ていると思います」
「……共に島国だから、ということか?」
「それもありますし、似たような話があるのです。日本の大昔の女王アマテラスの話をしてもよろしいでしょうか?」
天照大神は女王ではなく女神なのだが、キリスト教国で女神というとややこしくなりそうなので女王ということにしておく。
ヴィクトリアは僅かながら関心を向けてきた。
「日本という国にも女王がおるのか」
「はい。今の国王は女王ではないですけどね。女王アマテラスはある時、家族のことで嫌なことがあって、やる気をなくしてしまいました」
「……ほう?」
家族の嫌な事といっても、誰かが亡くなったとかではなくて、弟のスサノオが天津ヶ原で大暴れしたことだから、ここは伏しておく。
「で、世の中全てのことが嫌になり、アマノイワトという洞窟のようなところに隠れてしまいました。残された者達は困ります。女王がいなければ何もできません。彼らは必死に頼みますが、女王はやる気になりません」
「それは本当に日本の話なのか?」
ヴィクトリアは少しムッとしたようだ。恐らく、自分のことをあげつらっていると思ったのだろう。
「もちろん日本の話でございます。ある時期まで、彼らは嘆いておりましたが、次第に彼らは女王の下に来なくなりました。ちょっと失礼」
俺は手元に用意した。草笛を吹いた。ピーッという甲高い音が響く。
「……失礼いたしました」
笛の音を詫びたが、ヴィクトリアは話が気になるようで笛のことは何も言わない。
「それで、女王の下に来なくなった者はどうしたのだ?」
「はい。彼らは毎日楽しそうに騒ぎを始めたのです」
「女王がいなくなったのにか? むっ?」
ヴィクトリアが何かに気づいた。
庭の方から楽しそうな笑い声がしているし、イギリスでは聞きなれない楽器の音も聞こえてくる。
「聞いてみると、何と女王より遥かに優れた新しい女王が出現したというのです。女王は大いに驚きました」
「娘がいたのか?」
後継の娘がそのまま次の女王に収まったと思ったらしい。ヴィクトリアには何人か娘がいて、出来もいいから自分と比較するとそういう発想になるのだろう。
「いえ、そんな者はいませんでしたが、とにかく彼らは、新しく優れた女王が出て来たと言っていたのです」
外から「万歳!」、「女王陛下、万歳」という大勢の声が聞こえた。
薄暗くてよく見えないが、ヴィクトリアがそわそわしだしたことが分かる。明らかに外のことが気になっているようだ。
声が更に大きくなって、「女王陛下、万歳」という叫び声が再度聞こえてきた。
ヴィクトリアは遂にガタッと音を立てて立ち上がって、カーテンの方に向かった。
「そんな馬鹿なことがあるか。このイギリスに女王は妾だけだ!」
カーテンと扉を開いて、外へ出た。
「……なぬっ?」
中庭に壇が設けてあり、そこに雄々しい恰好をした佐那と、珍しくドレスを着た琴さんの姿がある。
その周囲には伊藤と井上が配下の役をしており、更にはマルクスと彼が呼び寄せたサクラがいる。
「イギリスの危機とあらば、このブーディッカが立ち上がりましょう!」
ローマ帝国に歯向かったイギリス部族の女王ブーディッカに扮した佐那が呼びかけるとサクラが「女王陛下、万歳! 我らは共にローマと戦います!」と叫ぶ。
「私は国家と結婚した! でも、私より強い相手がいるならば、結婚してもよい!」
エリザベス女王に扮した琴さんが勝手なアドリブを後半にいれて叫ぶと、中野竹子と山本八重、サクラの女性達が「女王陛下、素敵~!」と叫んでいる。
「こ、これは……?」
ブーディッカとエリザベスはイギリスでも有名な女王として知られている。
事実は佐那と琴さんだが、ヴィクトリアには一瞬、本物に見えたのだろう。思わず中庭に一歩、二歩と外に出た。
「ほらよっ!」
そこに不意に現れたエドワードが、女王の背中を押す。
「うわっ!」
ヴィクトリアはつんのめって倒れて、息子を睨みつける。
「エドワード! おまえというヤツは!」
「出ようとしたのはそっちだろう!? 俺は手伝っただけだぜ! それにババアがいつまでもそんなんだったら、あの2人の女王に申し訳ないと思わないのか!? この国の長い歴史において、今のババアほどダメな国王はいないだろ!」
エドワードが母親を一喝した。
いつもビビッている母親に強気に出られたのでドヤ顔を決めている。
まあ、ぶっちゃけエドワードが乗り気になってくれなければできっこないことだ。
でも、自分の母親に向かってババア呼ばわりはダメだぞ。
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