第11話 燐介、女王に日英関係を説く②

 翌朝、俺はもう一度外務大臣ジョン・ラッセルを訪ねた。


「何度も来てもらって悪いね」


「いや、女王陛下にも話をするってことなんだろ?」


「そうなのだ。これには色々な筋からの要請があって、だね」


 色々な筋……


 女王は自分の気に入ったこと以外は何もしないニートのような状況だから、ラッセルのライバルである保守党も含めて色々困っている連中はいるということだろう。


 それでも外交のことになると口出ししてくるというのは、ヨーロッパの王族……親戚連中の動向が気になるということなのだろうか。



 しかし、女王がニート状態となるというのは中々あれだよなぁ。


 もっとも、女王がニート状態になったからますます議会主導になって、結果的には立憲民主政の進展が図られたのも確かなようだが。


 おっ、そうだ。それで思いついたことがあるぞ。


「訪問はいつだ?」


「女王陛下から日時の指定はない。早い方が良いが一日前には連絡を寄越せということだ」


 ニート状態なんだからいつでもいるだろ。


 何であらかじめ連絡を寄越さなければいけないんだ。


 とは思ったが、俺にとっては好都合である。


「だったら、三日後の夕方で良いか?」


「分かった。伝えておこう。しかし、三日後というのは一体?」


 ラッセルはけげんな顔をするが、俺はとにかく三日後の夕方に訪ねることになった。



 そうなると忙しい。


 すぐにホテルに戻って、諭吉と益次郎、更には佐那と琴さんに中野竹子と山本八重、伊藤に井上と今、ロンドンにいる全員を呼び寄せた。


「国のためだ。協力してほしい」


 俺が頼むと、全員気圧されたように「分かった」と了承する。


「しかし、燐介。一体、何をするのですか?」


 佐那の問いかけに、俺は「これだ」と戻る途中の馬車で書いたメモを見せた。



 三日後の午後、俺はラッセルを訪ねた。


 用意してもらっていた馬車で、女王のいるオズボーン・ハウスに向かうことになった。


「ロンドンにいないのかよ」


 俺は思わず毒づいた。


 オズボーン・ハウスはイギリスのすぐ南にあるワイト島にある建物だ。サウサンプトンのすぐ南にある。


「陛下は大公の亡くなられたロンドンにはいたくないということだ。代わりに大公との思い出があるバルモラル城やウィンザー城、あるいはオズボーン・ハウスにおられる」


 とラッセルが解説してくれる。


 バルモラル城というと、俺達が元いた世界の女王だったエリザベス2世が亡くなった城だ。元々はアルバート大公が購入した城だったらしい。


 あちらはスコットランドにあるから馬車で行くと一日で行けないかもしれない。それと比べればまだワイト島の方がマシということなのだろうが、同行者が多いので大変だ。


 その同行者について、当然ラッセルから質問が来る。


「後ろに多くの日本人がついているが、何をするつもりなのだ?」


「ちょっとした考えがあるからついてきてもらっているだけだ。間違っても女王陛下に危険なことは起きないから、気にしなくていいよ」


「それはまあ、おまえが陛下に余計なことをするとは思わないが……」


 殿下とは違うから、とボソッと言ったようだ。


 エドワードの奴は本当に信用がないよなぁ。でも、やりかねないのも事実だが。



 とにかく、サウサンプトンまで馬車五台を連ねて向かう。


 そこにはロンドンにいる日本人全員だけでなく、エドワードやらマルクスもついてきてもらっている。マルクスに借りを作るのは癪だが、今回みたいな件だと奴の微妙な動員力も必要になってくる。



 サウサンプトンから入江を南に進むとすぐに見えてくる。


 北側にある港からすぐのところにオズボーン・ハウスがある。


 港に着いて、再度馬車に乗り込むとすぐだ。



 そのうえでラッセルの先導を受けて、オズボーン・ハウスの入り口に入る。


「既に聞いているだろう。陛下の許可を受けてある」


 ラッセルが衛兵に説明すると、「分かりました」と俺を通してくれるが、その後ろにゾロゾロといる連中にはけげんな顔を向けた。


「あの、外務大臣閣下、彼らも、ですか?」


「彼らも、だ。大英帝国と日本の代表が話をするのだ」


「それに俺も許可しているし」


 エドワードがひょこっと顔を出す。さすがにプリンス・オブ・ウェールズが明言すると、衛兵もどうしようがない。


「どうぞお通りください」


 と全員が中に通された。



 門の前まで来て、俺は全員の顔を見た。


「じゃあ、合図をしたら、よろしく頼む」


 佐那もマルクスも硬い面持ちで頷いた。

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