第10話 燐介、女王に日英関係を説く①

 庶民院での了承を得たので、幕府の賠償金を使って日本人をイギリスに留学させるという方針はスイスイと進むことになる。


 と思ったが、そうは問屋が卸さない。


 もう一つ乗り越えなければならない障壁があるという。


「議会の承諾を得たのに、まだ何か必要なのか?」


「もちろんだ」


 ジョン・ラッセルが重々しい顔をして言う。


「女王陛下だよ」


「あっ、そうか」



 確かに、イギリスで一番偉いのはヴィクトリア女王だ。


 議会が承諾したことで、実質的にはOKだが、最終的に女王が「よいでしょう」と認めて行われることになる。


 仮に女王が「日本の支援などすべきではありません」となった場合、議会が認めていたとしてもそれは無効になりかねないし、無理矢理進めたとしても国民全体の受け入れ度合いが違う。


 実際、エドワードの時代には「俺はドイツが嫌いだ」という方針の下、ドイツを孤立化させたわけだしな。


「女王かぁ……」



 ただ、疑問もある。


「女王陛下は最近全然出てこないとも聞いているけど?」


 夫アルバートが亡くなって以降、ヴィクトリアは喪に服するということで公の場には出てきていない。それなら息子のエドワードに任せれば良いのに、それも認めていないのが困ったところではあるのだが。


 ラッセルもそれは認めつつも。


「ただ、外交に関しては時折口出しをしてくる。日本という、全く新しいところとの関係について一言の言葉もなく、議会だけで決めるわけにはいかない」


「それは良いんだけど、会ってくれるかな?」


「面会を拒否した場合は仕方がない。その場合は国民も納得するであろう」


 なるほど。


 一応女王に話を通した。しかし、女王が「話すつもりはない」と答えたのなら、それは誰からも文句を言われることはない。勝手に決めてしまった場合に「私に一言の断りもなしに決めたのかい!?」と女王が怒ると、国民も怒ることになるわけだ。


「ということで、今晩、女王陛下に話を伝えることになる。その先がどうなるか分からないが、もし、陛下がおまえと話をするというのであれば、陛下のところに出頭し、話をしてもらう」


「分かった」


 そのやり方だと、女王が「話をする」って答えた場合、文句を言う気満々って感じにも受け取れるのだが。



 その晩、ホテルに戻ると、諭吉や益次郎とともにパーティーとなった。


 呑気な2人は「これで日本の未来は明るい」と騒ぎ立てているが、実際にはまだ終わっていない。ただ、殊更暗い雰囲気にしたくもないので、とりあえずは黙っておこう。


 ちなみに、女王のこと以外にも今後の日本に関して非常に問題を感じる話はある。


「吾輩がロンドンを案内しよう!」


 何といっても、マルクスは依然として日本人に関わる気満々だし。


「日本という国が、専制を乗り越え、イギリスのような民主国家を創ることができるのなら、我々イスラーム世界も希望を持つことができる」


 エジプトからついてきたもう1人、ジャマールッディーン・アフガーニーも勝手に関与するつもりになっている。


 こいつらが日本人を扇動して、変な方向に導いてしまうのではないかと気が気でならない。



 そんな怪しい2人だが、何故だか俺以外の日本人からの受けは良い。


 ビールなどを飲み合ったりしているうちに時間が過ぎる。


 と、会場に1人の紳士がやってきた。俺を見つけて近づいてくるということは、ダウニング街からの使いだろう。


 こんな時間にやってくるということは、良くない知らせなんだろうな。


「ミスター・ミヤチ。外務大臣閣下の命令で参りました」


「うん、ご苦労様」


「女王陛下が関心を持たれた、ということなので明日、閣下のところに来ていただけますでしょうか?」


「……分かった」


 俺は溜息をつきながら答えた。



 話をする気なのか。


 OKならわざわざ話をすることはないだろうし、何かしら言いたいことがあるってことなんだろうな。


 損得勘定とかならいいんだけど、女王は割と感情的なところもあるというからなぁ。


 それこそ、エドワードのことに関して、俺に文句を言われるなんてことになるのかなぁ。


 あいつの悪事で俺が怒られるのは嫌だし、それで幕末明治維新の流れに竿を刺されたくはないんだけどなぁ。



※ちなみにジョン・ラッセルがずっとイギリスの外務大臣をやっているイメージがあるかと思いますが、実のところパーマストン内閣が倒れそうになってもヴィクトリアが「今の私に政権交代なんて面倒な仕事をさせる気かい!? 私は引きこもるんだよ!」と政権交代を認めなかった(仕事する気がなかった)のだとか(^^;)

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