第11話 燐介、カイロで新たなる運動家と出会う?

 スエズ周辺で数日を過ごしたが、運河の建設は止まっているようで、しかもレセップス建築家もいない。


 どうやら、カイロで建設費の捻出のために色々頑張っているらしい。


「そういえばイギリスでも、スエズ運河の株式が売られていたなぁ」


 エドワードが思い出したかのように言う。



 レセップスはフランス人だが、資金提供はイギリスにも求めたらしい。


 ただ、以前も触れたようにイギリスはエジプトに鉄道を作った。彼らは元々運河建設が失敗するだろうと思っている。ただし、仮に成功したら鉄道が無意味なものとなる。


 だから、運河建設の邪魔を企てている。


 正直、レセップスが最終的に建設を完了させたということは知っているが、どういう経緯で作られたかまでは知らない。だから、彼らがこれから何をするのかもよく分からない。


 ともあれ、俺達はエジプトの今後の動向を見据えるために来ているのだし、そのためにはカイロの動向も探る必要がある。



 ということで、再び鉄道に乗って移動だ。


 ちなみに諭吉や佐那は一足先にイギリスに行くつもりらしい。


 まあ、イギリスには琴さんやら中野竹子、山本八重が残っているから話し相手には事欠かないだろう。伊藤博文と井上馨もいるはずだしな。



 半日かけてカイロに着いた。


 21世紀の現代でもエジプトの首都となっているカイロ。ここは歴史が古い街だ。


 ファーティマ朝からアイユーブ朝、マムルーク朝と、500年以上の間、政治経済の中心地だった。


 オスマンの支配下に入ると政治的な重要性は失われたが、ナイル下流域の重要都市であることは変わりがなかったし、ムハンマド・アリーが事実上の独立を果たすと、再び政治の中心に返り咲いた。


 現在は新スルタン・イスマーイールが開発しているのだという。



 実際にカイロに着いてみると、広い区域を開発しようとしていることが分かる。


 だが、しかし、これは同時にアブデュルハミトやニコライの疑問を呼ぶ。


「これだけ大規模に開発して、運河まで作っていて、エジプトは大丈夫なのか?」


 大丈夫か、というのは二つの意味がある。


 まずは財政的な部分。


 スエズ運河に大規模な出資をさせられたというのは既に明らかなところだが、それだけでなくカイロの市街地にもこれだけの資金を投じている。鉄道にしても、出費の大半はエジプトが出している。


 しかも、噂によるとレセップスの影響か、ナポレオン3世がパリでやっていることを模しているらしい。


 エジプトがフランスと同じ感覚で金を使うのはダメだろ……。


 もう一つの問題は強制労働だ。


 スエズ運河の建設に大量の労働者が使われているということも以前触れたが、鉄道を作る時も同じだった。更にカイロの市街地開発でも大量に動員されている。


 こんなことをして、民衆の不満が溜まらないはずがない。


 そして、俺達のところには、何故か民衆の不満にガソリンを注ぐ奴らがいる。



「見よ! エジプトは革命を待っているのだ!」


「その通りだ。イスラームに専制は不要!」


 市街地に入るなり、マルクスとアフガーニーが駆けだしていく。2人が駆けていく先は街の広場だろう。


「……リンスケ、どうすんだ、あいつら?」


「いや、連れてきたのはおまえだろ……」


 エドワードが冷たい視線を向けてくるが、連れてくることを認めたのはエドワードだ。俺が文句を言われる筋合いはない。


 むしろエドワードが止めるべきだろうと、俺は警告を発する。


「いいのか? あの2人、エジプトの民衆を煽ろうとしているぞ」


 エジプトの民衆が煽られた場合、もちろん最初に困るのはエジプトだが、次に困るのは実質的に支配しているイギリスだ。



 エジプトでは大きな事件は起きなかったはずだが、もう少し時代を下った頃にはスーダンでマフディー運動という反乱が起きて、この前中国で会ったチャイニーズ・ゴードンことゴードン将軍が戦死する羽目になったはずだ。


 エジプトは酷い目にあっているわけだが、そのエジプトが占領したのがスーダンだ。エジプトは自分達の負担をスーダンに押し付けているものだから、スーダンの民衆の怒りはエジプトの更に何倍も溜まってしまい、大爆発となったわけだな。


「うーん……。しかし、イギリスのやり方が良いとも言えないしなぁ」


 さすがにヴィクトリア大嫌いなエドワード、微妙に被支配者寄りだ。


 ただな、多少の抵抗運動はともかくマルクスが主義主張を植え付け始めるとちょっとまずいようには思う。



「おい、リンスケ」


 考えを巡らせているところにアブデュルハミトが声をかけてきた。


「あの馬鹿2人、また誰かと言い合っているぞ?」


 アブデュルハミトの冷ややかな視線を追うと、確かに2人が長身の男と言い合っている。


 大人げないというか何というか。


 いっそ他人のフリをして放置しておこうかという気にもなるが、そういうわけにもいかない。溜息をついて2人の回収に向かう。



 2人と話をしている男は長身だが、結構若いようだ。声が少し甲高い。


 マルクスとアフガーニーはその少年を少し見上げながら説教をしている。


「良いか、クソガキ? 理想的な社会は階級闘争の末に実現されるのだ!」


「違う。民族を超えた反専制運動を行い、イスラーム主義を目指さなければならないのだ」


 2人が相変わらず自分の主張をしている。


 しかし、少年も言い返す。


「いいや、この世界はどうにも腐りきっている! 地道な運動など待っていられない! 世界は救世主によって、マフディーによって救われるのだ!」

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