第12話 燐介、更なる火種に巻き込まれる?
マルクスとアフガーニーを相手にして、全くひるむ様子のない少年。
しかし、マフディーとは。
ちょうどスーダンのマフディー運動のことを考えていたわけでまた見事なタイミングというか……
いや、待てよ。
もしかして、こいつが大人になってスーダンのマフディー運動の指揮官クラスになるのかもしれない。
「そこのヒゲデブに、陰険野郎! お前達はスーダンの有様を知らないから、呑気なことが言えるんだ!」
ヒゲデブというのは多分マルクスのことだろう。
陰険野郎というのは、アフガーニーかな。
まあ、言われてみればアブデュルハミトほどではないが、アフガーニーも目つきがちょっと悪いかもしれない。
とはいえ、そんな呼ばれ方をした2人はますます怒る。
「救世主を求めて何となる!? 根本的な解決にはならぬ!」
「そうだ! 新たなる専制者を作るだけではないか」
2人が3人になって、更に激しい言い合いになってくる。
収拾がつかないな。
もう放置しておこう。ひょっとしたら危険分子として留置所にでも入れられるかもしれないが、エドワードもいるのだし明日回収すれば良いだろう。
さすがに処刑されると気まずいが、多少頭を冷やした方が良いのではないか。
ということで、俺は3人を放置してエドワード達に合流した。
「あいつらはいいのか?」
エドワードの質問に、俺はお手上げとばかりに両手を広げる。
「……カール・マルクスはここ遠いエジプトの地で、ようやく語り合う同志を見つけたんだ。心置きなく話合わせた方がいいだろう」
「そうか」
「……確かに類は友を呼ぶという言葉の典型だな」
アブデュルハミトが辛辣に締めくくる。トルコにもそういう言葉はあるんだな。
夕方が近づいてきたので、イギリス大使館に向かった。
エドワードが顔を出すと、大使館員が大慌てだ。更にアブデュルハミトにニコライまでいるものだから蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
「大通りで大声で怒鳴り合っている3人組がいるけど、一応、俺の連れだから留置場に放り込むのはいいけど、激しい尋問はしないでおいてくれ」
マルクス達のことについても一言触れておく。
留置場まではいいって言うのは冷たいな。
まあ、俺がエドワードの立場でも同じことを言うけど。
大使館でしばらく時間をつぶしているうちに夕方になった。
マルクス達はまだ戻ってこない。
エドワードは一応様子を見に行かせて、夕食へと出かける。俺達も一緒だ。
大使館の職員から美味しいレストランの情報はゲットしている。有名なアズハルモスクのそばにあって、そこはエジプトの役人も利用しているということだ。
入ってみると、さすがに大英帝国の威光、一番奥の大部屋を用意されていた。
そのうえ、どこで探してきたのかエジプトの女の子達も結構いる。
「ようし、久々に楽しむぞ~!」
というエドワードにアブデュルハミトが「悪くない」と頷いている。
一方でニコライは「婚約者がいるのに、他の女と、しかも下級層の女と一緒になるなんてありえない!」と断固とした態度で拒否をしている。
同じ王子でもこのあたりは態度が全然違うな……。
俺もこんなところで遊んでいたなんて佐那にバレると怖いから、ニコライとともに食事に専念することにした。幸いにしてレストランには中庭もあり、そこで食べることもできる。
ニコライとサシで食事というのもアレだが、乱痴気騒ぎの中に混じるのも嫌だからな。
そのニコライと向かい合っているが、俺ではなくその後ろの方を見ている。
「エジプトの軍人のようだな」
ニコライの言うように、数人の軍人が少し離れたところで食事をしながら話をしている。
盗み聞きするつもりはないのだが、声がでかいので勝手に聞こえてくる。
「聞いたか、エチオピアでは反乱が鎮圧されて7000人が処刑されたらしい」
聞き始めから物騒な話をしている。
「しかもイギリスとの関係が悪化している」
「だから、新総督(イスマーイールのこと)はエチオピアにも関心をもっているらしい」
「冗談ではない。そうでなくても大規模建設に駆り出されているのに、このうえ更に戦争など起こされては、どれだけ人がいても足りないではないか」
「……大変だな」
ニコライがボソッと言う。
「イギリスの行くところ、どこも戦争だらけだよな。アフリカの南でも半分戦争しているようなものだろ?」
「確かにそうではあるが」
ただ、ロシアの皇太子には言われたくないだろう。
俺とニコライはそんな呑気なやりとりをしているが、軍人達の会話は更に過激になっていく。どうやら色々と不満があるようだ。
作者注:史実のムハンマド・アフマドはスーダンを出たことがないので、カイロにいるのは設定としてかなり無茶がありますが、燐介がスーダンに行く理由はさすがにないので色々変わった結果ということで(^^;)
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