第6話 マルクスとアフガーニー、世直しを目指す?

 マルクスとジャマールッディーン・アフガーニーは、俺からすると似た者同士に思えるのだが意見が合わない。


「資本家は先進技術を独占し、更に富める者になっていく! そうなると格差が取り返しのつかないところまで広がるのだ!」


「それは違う。全ては真理の問題だ。人に真理を求める姿勢があれば、宗教に謙虚な姿勢があれば、先取の精神を失わない。先進技術の独占というが、仮に独占するとなれば相当な資本が必要となる。しかし、技術は日々進化している。新しい進化を認めれば、技術を独占する意味はない」


 おぉぉ、アフガーニーの考えは確かに革新的だ。


 ただ、マルクスが言うように、「それが理想だけど、それは難しいよね」という感もある。



 顕著なのはスポーツ界だろう。


 例えば、1980年代にサッカー界で現れたアリーゴ・サッキはそれまでの概念を覆す戦術で一世を風靡した。


 しかし、サッキに限らず、新しい概念が勝利者となった時というのは、実はそれが革新者から守旧派となるタイミングでもある。


 彼より若い指揮官はサッキのやり方を改良して乗り越える側に回ることになる。一方で、そのやり方で成功したサッキは新しいものを取り入れることが中々できない。ということで、数年もすると保守派となったサッキは新しい概念に取ってかわられてしまい、15年もすると完全に過去の存在になってしまった。



 スポーツの世界だと新しい概念が出てきやすい。もちろん新しいものが出ると敗者になる者が出て来るが、その数はそれほど多くないからだ。


 しかし、日常生活と結びつく産業の概念だと中々難しい。


 いみじくもアフガーニーが言ったように、産業も日々進化している。


 しかし、政治というのは日々の進化に対応するのは難しい。


 日本で言うなら高度成長期には「これこそが最先端の形だ」ということで各地にニュータウンなどが作られたし、そうした技術を生かしたインフラ設備も整えられた。


 そこから数十年経った現在、それらは完全に古いものとなっている。現代では「何でこんなに古いものばかりなのだ」と批判もあるくらいだ。


 だからといって、5年でそれらを全部潰して新しいものを作るわけにもいかない。


 携帯電話なら、「新しいiPhoneが出ました」と言われれば2年3年で切り替えることも可能だが、「この家は古くなりました。新しいものに変えましょう」と言われて自宅を簡単に乗り換えるのは無理だ。かなりの富豪でないと難しい。



 同時にマルクスの階級闘争と革命理論も無理があることが分かる。


 圧制を敷く専制者を打破しなければならない。これはまあ、それほど理不尽な話ではない。


 しかし、一度切り替わった時に、今度は打破した側が専制者となり、それに対する階級闘争と革命が認められることになりうる。


 これだとまずい。いや、もちろん、本当に完全な共産主義でも取り入れればまずくはないのだが、打破する側も苦労している。見返りが欲しいのは当然だろうし、そこは人間というべきか富を独り占めする側に回ってしまった。


 だから何もしないと勝った側は打破される側になるから「革命は続いている」と言わなければならない。つまり一番上に行っても敵を作り続けなければならない訳だ。もちろん、下は下で階級闘争を仕掛けるから争いがなくならない世界となる。


 結局、両者の理屈を貫くとロクなことにはならない。



 ただし、忘れていけないのは、この時代がマルクスやアフガーニーが「是正しなければならない」と思うような時代だということだ。


 アフガーニーが言うように、エジプトもトルコも問題が多い。イスラーム諸国を代表する二か国がそんな状況なら、周りはもっと大きな問題があるということだろう。



 細かい議論はともかく、人生経験の豊富さでマルクスがリードしはじめている。


「良いか、アフガーニーよ。おまえはまだ若いから現実を理解しておらん。まず一か国、ひっくり返すのだ。そうすれば、他国はそうなるのが怖いからおまえの意見を聞くしかなくなる。何もしていないのに理想論を語っても、それは何にもならんのだ」


「……言われてみればそうかもしれない。俺の言うことに従うという者はいなかった」


「そうだ! 行動だ! 行動に移す理論でなければならんのだ!」


 何だかきな臭い話をしているが、行動しなければならないというのは吉田松陰も言っていたことだ。


「さあ言え、アフガーニーよ。どこが一番矛盾している!?」


「それはもちろん、イスラーム諸国でもっともうまく言っている国だ。つまり、ここエジプトか、トルコということになるな」


「よぉし、ならばまずこのエジプトをひっくり返すのだ! このカール・マルクス、おまえの革命のために一肌脱ぐぞ!」



 ……さすがにそろそろエドワードに言って、マルクスをロンドンに追い返すべきかなぁ。



 2人が話で盛り上がってきたので、俺は皇太子連のいる客車へと戻った。


 アブデュルハミトがジロッとした目を向けてくる。


「リンスケ、何なんだ、あいつは?」


「いや、何というか……」


 イスラーム世界の世直しを訴えている人、ということなのだろうが。考えるまでもなくアブデュルハミトは世直しされる側にいる人間だ。アフガーニーのことを教えると「ちょっとぶっ殺そうか」ということになりかねない。


「あれだ。マルクスと同じ変人だ」


「……それはあの様子を見ているだけでも分かる」


 アブデュルハミトは呆れたような目線を向けている。


 とりあえず警戒はしていないようだ。


 しかし、アフガーニーとマルクスが何か活動しだしたら、色々ややこしいことになりそうだ。場合によってはエドワードの問題になるかもしれないし、止めないといけないよなぁ……

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