第7話 燐介、諭吉達と合流する

 マルクスとアフガーニーは怪しいことを始めようとしているが、それとは別に皇太子連はスエズへと向かう。


 現在、ここで運河が作られて……いない。


 工事がストップしている。


 話を聞くと、今年1月にエジプトの支配者サイードが死んだことでストップしたらしい。今後どうするかまだ分からない。早い話先立つものがなくなったので何もできないということらしい。


「ここが通るようになると、インド洋の物資が地中海へと入れるようになるということか」


 ニコライが腕組みをして何か考えている。


 ひょっとしたらロシアで同じような運河ができないか考えているのかもしれない。ロシアにとって自由に使える不凍港は永遠の望みみたいなものになっているからな。


 どうだろう、場所さえあればロシアなら労働力を動員して作ってしまいそうだが、簡単に抜けられるような場所は無かったようには思えるな。


 アブデュルハミトも腕組みをして考えている。


「おまえも運河のことでも考えているのか?」


「運河? 何のことだ? 僕が考えているのは鉄道のことだ」


「トルコにも鉄道はあるだろ?」


 もちろん、首都周辺の一部だけだが。


「こうした砂漠に鉄道が作れるのなら、ダマスクスからメッカまで鉄道が作れるかもしれん」


「なるほど、そうなればみんながメッカに巡礼しやすくなるな」


 イスラームの信徒が大変なのは生涯に一度はメッカ巡礼をしなければならないという点だ。一応紅海沿岸にあるとはいえ中々行くのは大変だ。


 21世紀の今でも大変なのだから、この時代はもっと大変だろう。


 メッカへの鉄道があれば、大分便利になるのではないだろうか。



 アブデュルハミトは「アホか、おまえ?」という顔で俺を見ていた。


「巡礼などに使わせるはずがないだろう。メッカやメディナの宗教家共はうるさい。いざという時にすぐに連行できるよう、鉄道を作っておいた方が良いかもしれない。僕がスルタンになれたのなら、そうしようかと思う」


「おう、見事な専制者的発想……」


 ここまで来るとさすがだぜ、という他ない。


「おっ、イギリス船がやってきたな」


 ニコライとアブデュルハミトは「自国に運河やら鉄道やらの発想を持ち込めないものか」と考えているようだが、エドワードは呑気なもので港の方をぼんやりと眺めていた。


 確かに船が停泊して、乗船者が降りてきている。


「あれ? あの面々はおまえの国じゃないのか?」


 エドワードが言うように、確かに日本人らしい服装の者が降りてくる。



「というか、あいつは諭吉では!?」


 諭吉などと呼び捨てにしてはいけないのかもしれないが、どう見ても福沢諭吉である。


 何でこんなところに?


 驚いていると、更に別の男が降りてきて、その次に女性が降りてきた。


「ゲゲゲッ!?」


「おや、あれはミス・サナじゃないか?」


 悲鳴とエドワードの指摘が重なった。


 俺の叫びにニコライとアブデュルハミトだけでなく、コソコソ話をしていたマルクスとアフガーニーまで「何なのだ?」という顔になる。



 三人目に下りてきたのは佐那だ。その次に、これは誰か分からない女性が降りてきた。



「ヘーイ!」


 俺の知り合いと知ったことで、エドワードは気楽な様子で向かっていく。


 声を受けた諭吉と佐那がこちらに気づいた。揃ってびっくりしている。


 それはそうだ、こっちもそうだが、向こうだって「何でエジプトにこいつらがいるの?」ということになるだろう。


 俺も仕方ないから向かっていく。諭吉の方から声をかけてきた。佐那はじっと見ているだけだ。


「久しぶりだな、燐介」


「あぁ、でも、一体何をしに来たんだ?」


 福澤諭吉は幕府の遣欧・遣米の公式使節に三回参加したはずだが、佐那がいるところを見ると公式使節ではないだろう。


「うむ。実は山口先生からおまえに対して、話しておきたいことがあるというので、我々が伝えに来た」


「山口が?」


「まあ、慌てて話すことでもない。それより燐介は何故ここにいるのだ? てっきりヨーロッパにいるものとばかり思ったが」


「あぁ、それはな」


 日本人にエジプト近辺の地政学を説明しても分からないかもしれないが、諭吉ならまあまあ理解できるだろう。俺は砂地に簡単に地図を書いて説明した。


 すると、諭吉よりも隣にいる男の方がよく分かっているようだ。


「なるほど、つまりイギリス、ロシア、トルコにとってこのエジプトという地はストラテジー(戦略)上必要ということじゃな」


「……あんた誰?」


 随分と顔が細長い。どこかで見た記憶もあるが、この世界で会ったことはないような気もする。


「大村益次郎じゃ」


「大村益次郎……って、靖国神社の!?」


 そうか、大村益次郎は諭吉とは適塾つながりだったっけ。


「靖国神社いうのは何じゃ? 聞いたこともない」


「あっ、悪い。俺の勘違い」


 靖国神社が作られたのはまだまだ先だ。今の本人に言っても分かるまい。



 しかしまあ、山口も随分と凄いことを考えるものだ。幕末維新きっての軍略家である大村益次郎に世界戦略を理解させようとは。


 日本を本格的に世界活動の中に組み込もうとしているんだろうな。

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