第5話 マルクスとアフガーニー
俺はインドから来たという謎のイスラーム哲学者に絡まれてしまった。
「こら、離せ」
「いや、離さない。おまえという存在に、この世界が忘れたイスラームを解くカギがあるのかもしれない!」
ねえよ!
おまえという存在に、世界が忘れたイスラームの鍵があるって、何なんだよ、そのファンタジーゲームみたいなフレーズは。
と、俺と男が何やらもみ合っているのにマルクスが気づいた。
「おぉ、リンスケ。どうしたのだ!?」
助けに来たようだが、こいつはこいつで面倒くさい。
のだが、とりあえずマルクスに気づいた男が、俺から手を離した。
「何だ、おまえは?」
「何だ、とは何だ!?」
いや、ガキの喧嘩みたいなやりとりするんじゃないよ。
「その生意気な言葉、吾輩をカール・マルクスと知ってのことか!?」
誰も知らないって……。
「おまえのことなど知らないが、そういえばまだこちらの名前も名乗っていなかったな。俺はジャマールッディーン・アフガーニーだ」
ジャマールッディーン・アフガーニー?
名前だけは聞いたことがあるような……。
「知らんぞ。おまえのことなどは」
さすがの頭でっかちマルクスも、こいつのことは知らないらしい。
まあ、既に40超えのマルクスに対して、アフガーニーは20代ぽい。仮に有名人だったとしても、まだ世に知られる前だろうな。
「知る、知らないというのはどうでもいい。俺はイスラームの真理を極めなければならない」
「真理を極めるだと?」
やばい、マルクスの琴線には響く言葉だったのかもしれない。
このままだと2人がヒートアップしそうだ。2人が互いを見ている間にエドワード達のところに戻ろう。
というか、あの皇太子連中、こっちに気づいているけど、「よく分からんけど、関わり合いにならない方が良さそうだ」って様子で見ているぞ。
それはまあ、俺だって関わり合いになりたくないから分かるけど、友達がいのない連中だなぁ。
「おい、どこへ行く?」
「吾輩を置いていくつもりか!? リンスケ!」
変なところで息を合わせるんじゃねえよ!
結局、俺はとどめられてしまった。
その俺を挟んで、マルクスとアフガーニーが話を始める。
「イスラーム世界はことごとく専制者による支配が行われている。この体制を変えなければならない」
「むむっ!? 貴様、中々良いところに目をつけているな! その通り! 専制者を打破しなければならない! 階級闘争を乗り越え、革命を起こし、共産体制を築き上げるのだ!」
「いや、この世界に必要なのはそういうことではない」
マルクスを即却下した!?
「必要なのは宗教家が目を覚ますことだ。今の宗教家は
話が難しくなってきたな……。
確かにイスラーム世界は他の宗教に比べて宗教が身近にある。毎日の礼拝などかなり事細かい。
更に宗教家が「こうしなさいよ」と人々の生活を規律していくイメージがある。
その宗教家に進歩意識がないから、停滞したということか。
このあたりは21世紀でもそうかもしれないな。
「だから、宗教家を変えていかなければならないのだ」
この帰結は正しいように見えるけど、受け入れられるのかねぇ。
現代のイランとかサウジアラビアでこんなことを言ったら、まず間違いなく死刑にされそうだが……
「そのために必要なのが階級闘争なのだ! 闘争なくして上の階級が大人しく諦めると思っておるのか!? ヨーロッパの歴史を見よ! 貴様の語る世界は御花畑に過ぎない!」
うぉぉぉ。
そうなのかもしれないが、血で血を洗う展開まっしぐらだし、マルクスの理屈を尊ぶ奴らもロクなものを作らなかったからなぁ……
「確かに闘争を避けて通ることはできないかもしれない。しかし、闘争を是としてしまうと今度は闘争ばかりになってしまうのではないか? 必要なのは真理だ。イスラームの真理を確立し、それを大衆に示してこそ、イスラーム世界は発展する。このイスラーム世界、いや、ユーラシア世界は戦いに満ち溢れている。そこで闘争を是認することは、決して認められない。それは世界の破滅を意味している」
難しい理屈だなぁ。
まあ、確かにユーラシア大陸の歴史には全面戦争みたいなものが多い。
王朝の興亡が山ほどある世界だ。
一方のヨーロッパはそこまで全面戦争をする世界ではない。
戦争するとしても、どこかで手を引く。一国が滅んだというケースはほとんどない。特に西ヨーロッパはほとんどない。
なるほどなぁ、闘争を是認するマルクスの思想がユーラシアで幅を利かせたのは無理もないのかもしれない。
となると、マルクスと話が合わないアフガーニーはヨーロッパ向きなんだろうか?
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