第4話 燐介とアフガーニー②
エジプト鉄道の中で、出くわした髭面の若者。
インドから来たというが、何故に1人で鉄道に乗っているのか?
「どこに向かうんだ?」
「特に目的地はない。ただ、こうした科学を実感したくて乗っている」
「ふうん」
変わった奴だな。
ただ、こいつがいた側の車両を見ても、誰もいない。
ということは、1人で寂しく乗っているということらしい。
「日本と言ったか、そこにはどのくらい鉄道があるのだ?」
「今はないよ」
「今は……?」
男の顔が「?」で一杯になった。
おっと、うっかり口を滑らせてしまった。
「今はないけど、日本でも鉄道を沢山作るために俺が勉強に来ているわけ」
そうだよなぁ。
よくよく考えてみれば、俺は鉄道なんて当たり前という認識だから、さも当然のように乗っているが、日本はまだ鉄道もなかったわけだしな。
最初から平然と乗っていたから、当時一緒にいた沖田総司や吉田松陰は「こいつはどうして驚かないんだろう」くらい思っていたかもしれないな。
「おまえが勉強したら、簡単に鉄道が作れるのか?」
「簡単ではないけど、作ることはできると思うけど?」
「専制者や社会は反対しないのか?」
男がかなりマジな顔で問い詰めてきている。
一体、何なんだと思ったが、ハッと気づいた。
あっ、そうか。
先程、俺がトルコやエジプトと鉄道について考えていたことだ。
こうした国々は鉄道を脅威とみなしている。この男は日本も同じだと思っているわけだ。
俺は「そうじゃない」と思っていたけれど、それはあくまで明治の日本だ。
今の徳川幕府の日本が、鉄道をどこまで作れるのかという話だ。
それこそ、箱根に関所を設けているし、川に橋もかけずにいるなんて話もある。江戸周辺には作るだろうが、例えば長州やら薩摩が鉄道を作ることを認めるかと言えば、多分認めないだろう。
危ない、危ない。
やばいな、インドの人間だと思ってついつい気軽に話していたが、気軽に話をしているとボロが出て来そうだ。この場に総司とか佐那がいなくて良かった。
「どうなんだ? 日本では誰も反対しないのか?」
「いや、まあ、反対する連中はいるよ。でも、そう遠くないうちにそういう面々は打破されて、近代化に進むんじゃないかな」
間違ったことは答えていないはず、だ。
「そうなのか、おまえの国はイギリスをどう見ているんだ?」
「いや、まあ、今は仲が悪いけど、いずれ良くなるんじゃないか?」
これも嘘は言っていないよな。明治新政府はイギリスと組んでいたし、日英同盟だって組むわけだし。
男は滅茶苦茶驚いている。
「本当なのか? イギリスに騙されていないか!?」
「騙されてはいないだろ……。好き勝手するなという反感はあるけど」
生麦事件なんてその際たるものだし、な。
「俺はインドでイギリスの植民地経営を見た。セポイの反乱で、イギリス人がインド人を虐げる様子を見た。おまえが言うような呑気なことはとても考えられん。鉄道の話も含めて、おまえの言っていることはとんでもない嘘つきだ」
おおう、嘘つきと来たよ。
でも、今の日本で日英同盟やら言い出しても、「おまえは嘘つきだ」と言われるだろう。外国人であるこいつがそう思うのも無理はない。
「……おまえのような人間を生み出すところ、日本というのは大変興味深い国だ。日本に行くことはできるのだろうか?」
「いや、まだ無理じゃないかな。今は攘夷運動が凄いし」
ヨーロッパ人やアメリカ人も不気味だろうけれど、多分ムスリムの髭の濃い顔はもっと怖がられそうな気がする。
「どういうことなのだ? おまえの言うことは無茶苦茶だぞ。ゼノフォビアに蔓延されたような国でありながら、おまえの国はイギリスと仲良くなると言っているし、鉄道などを積極的に作ると言っている。どういうことなのだ? さっぱり分からん」
「いや、俺にそんなことを言われても……」
確かに自分の言っていることが結構矛盾しているというのは分かる。
現在の日本と、明治日本を同列に並べて話してしまっているが、いざ日本に行った時、明治日本は誰の目にも見えないわけだから。それこそ、俺と山口しか見えないだろう。
その説明をしろと言われても、「俺が明治とか大正時代を知ったうえで、この時代を生きているから」としか言えないし、もちろん、そんな答えが言えるはずがない。
男は「どういうことなのだ」と言いつつも、しばらくして腕組みをする。
「いや、しかし、世界というものはそうなのかもしれない。私が求める答えは極東にあるのだろうか?」
「何の答えなんだ?」
「イスラームの答えだ!」
「……まあ、頑張ってね」
ちょっと危ない奴のような気がしてきた。
君子危うきに近寄らずという。やめておこう。
「待て、まだ俺の用事は済んでいないぞ」
戻ろうとしたら肩を掴まれた。
いや、おまえが一方的に言っているだけで、俺はおまえに用事はないから!
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