第17話 一太、江戸城で

 翌朝、江戸城に出向いた。


 ここを歩くのも随分と久しぶりだ。


 期間だけなら半年程度とものすごく長いわけではないが、色々中身の濃い半年だったからだろう。


 まずはもちろん、勝を訪ねることになる。


「勝様、お久しぶりでございます」


 挨拶をするとともに、近況を伝える。


 それと共に、幕府の方から50人ほどをイギリスに留学させたい旨の進捗状況について尋ねる。



 勝は溜息をついた。


「多少は目ぼしを立てている。ただ、話はできていねぇ。分かるだろ?」


 もちろん、分かることだ。私は勝に対して具体的な金の算段をしていないし、イギリスとの関係も不透明なままだ。資金繰りも不明だし、留学生を受け入れるという話になるかどうかも分からない。


 外国に行けるかもしれないぞと期待させておいて「ダメでした」となった場合、勝は立場がなくなる。聞いた以上のことができないというのは、彼の立場からすると自然なことだ。


「もちろん承知しております。ただ、早めに決めておかないと、いざ準備が整った時に行けないということがございますので」


 卵が先か鶏が先か、というような話だが、実際に行っても良いという人間が多くなければキャパが出来た時に派遣できない。


 その時点から探し始めていたら、場合によっては幕臣から派遣する予定だった枠を薩摩や長州に取られてしまうかもしれない。


「まあ、それはそうだがよ……」


「何とかお願いいたします」


「……分かったよ。今まで、おまえが言ってきたことで完全に外れたものはない。外国に関心がある有為の面々を集めてくらあよ」


「ありがとうございます」


 やはり勝は頼りになる存在だ。


 ただ、彼ならできるだろう。極論を言えば、今、彼が坂本龍馬に命じて作らせている神戸海軍操練所。そこの面々を連れていくのでも良いのだから。




 勝との話はうまくいった。


 次は将軍・家茂だ。


 史実では、将軍である家茂はこの頃までに京都に呼び出されている。更には攘夷の決行も約束させられた。


 今回、家茂は江戸には出ていない。ということは、「将軍が天皇に呼び出された」、「攘夷の約束をさせられた」というようなことがなかった。


 これは幕府としては無視できない事績のはずだ。幕府の権威は史実に比べると大分守られているのではないかと思う。


 もちろん、この世界の家茂はそのような事情を知ることはない。また、知る必要もない。そういう感謝を求めているわけではない。


「おぉ、一太。久しぶりじゃな、京はどうだ?」


 面会を許され、部屋に入ると家茂は笑顔で迎えてくれた。


「ははっ。主上の許しを得て、近代化のための方策を練っているところでございます」


「何と!? 義兄……帝がそのようなことを?」


 おっと、そうだった。分かっているつもりだが、ついつい忘れてしまう。彼が孝明天皇の義弟であるということを。


「はい。何とかより良いものを提示したいと思います」


「そうか、頼むぞ、一太」


「ははっ、それで一つ、お頼みしたいことがございます」


「何だ?」


「千葉道場の千葉佐那……、以前、海外へと出向いた女子でございますが、再度、海外へ行く許可を出してほしいのです」


 千葉佐那は燐介のために海外に出ると言ってくれた。


 とはいえ、本人だけの意思で行くと、後々大きな禍根を残すことは明らかだ。


 本人が行きたくないのに幕府の力で行かせるというのは問題だが、本人が行くというのなら、そのバックアップを幕府がするのは当然の話である。


「彼女がイギリスに行くことは、今、我々が思う以上に重要なことなのです」


 私がそう言うと、家茂は頷いた。


「余にはその辺の事情はよく分からん。だが、一太がそこまで言うのなら、それが必要なことなのだろう。分かった、すぐに手はずを整えてもらおう」


「ありがとうございます」


 これで所期の目標は達成できそうだ。



 その後も、何人かの有力幕臣にあいさつ回りをして、江戸城を後にした。


 明日になれば、幕府から千葉道場に佐那の渡英についての要望が出されるはずだ。千葉道場も幕府の指示があるのなら、断ることはないだろう。


 その後、佐那と諭吉、益次郎を連れて横浜に行く。


 千葉佐那は自分の身を自分で守れるとはいえ、女子が1人だと心細いから善英も付き添わせるようにする。弟がイギリスに行きたいと行っていたのだから、彼女にとっても悪い話ではないだろう。


 これで、うまくいくはずだ。



 ……。


 と思っても、これで良いのかという不安も消せない。


 時代を早く動かすことができた場合に、どれだけの反作用が起こるのか。


 できうる限りの想定はしているが、予想もつかないことが起こるのが現実だ。


 今後、予期せぬ悲劇が起こるかもしれない。


 その責任が私にある、と考えると気が滅入ってくる。



 それでも、やらねばならない。


 この世界を史実よりも良くできると信じて。

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