第15話 一太、英国公使を説得する

 小松帯刀の理解を得たことで、薩摩での目的は果たせたと言えるだろう。


 私達は長崎から、横浜に戻ることにした。


 本当なら、長州で桂小五郎とも話をしたいのだが、それよりも私の案についてイギリス側の了解を得なければいけないし、日本の進展が早すぎることについて、燐に釘を刺しておく必要がある。



「拙者は長州に行きましょうか?」


 という、大村も引き続き同行してもらう。


 彼にも任せたいことがあるからだ。


 横浜に着くと、まず公使館へと向かった。


 婚約者の李善英と会いたいのもやまやまであるが、私だけそういう個人のことをするわけにもいかないだろう。


 公使館にはしばらくイギリス本国で休暇をとっていた駐日公使のラザフォード・オールコックが戻ってきている。


 まずは責任者である、彼を説得することが第一だ。


 彼を説得して本国に話を通す。そのままでは英国政府は許可しない可能性があるが、そこで燐に協力してもらう、という二段階の作戦だ。



 オールコックに面会を求めると、すぐに通された。当然ながら、オールコックにとっても生麦事件の件が懸案となっている。私の考えが聞きたいということなのだろう。


 顔を見るなり、渋い顔で問いかけてくる。


「ミスター・ヤマグチ、サツマはどうにかならないか?」


 薩摩はどうにかならないか、と聞いてくるということは、逆に言うと幕府に対しては交渉がうまく進んでいるということだろう。


「中々難しいかと思います」


「難しいとなると、舐められたままでいるわけにはいかない。サツマを攻撃するしかなくなるぞ?」


 と言ってから、オールコックはふうと溜息をついた。


「この件に関して、外務大臣から意見書を貰っている。何でも、リンスケ・ミヤジもこの件に関しては、サツマが従わないのなら攻撃しても仕方ないと言っていたというのだ」


「燐介も、ですか」


 私は神妙な顔つきで頷いたが、実際にはそれほど不思議なことでもない。


 結局、燐も無理に止めるよりは史実通りに薩摩を攻撃してもらって、その後お互いに「イギリスは凄い」、「薩摩は侮れない」という方向にもっていくことを期待しているのだろう。これが千人単位の死者が出る大惨事になったというのならともかく、それほど被害が大きいわけではない。


 もちろん、被害が小さければ良いわけではない。それで甘く見てしまい、生麦事件で善英の弟を失うという事態になってしまった。


 薩英戦争も両軍に死者は出ている。それが良いわけではない。


 ただ、無理に変えることでより大きな惨事になるのは恐ろしい。



「私に言えることは……、イギリス軍の強さを見せれば、薩摩も考えを変えるだろうということです。とはいえ、首謀者を差し出すことはないでしょう」


 史実では、薩摩は薩英戦争で偶然戦死した人間を実行犯だと主張して誤魔化し切った。この姿勢は変わらないだろうし、島津久光を差し出せと言っても、それは絶対に無理だろう。


「それはまあ……仕方ない。そこまでしろとは求めていない。ただ、せめて実行犯を捕まえないことには、だね」


 しばらく考えていたが、やがて「うーん、まあよい」と話を切る。


「……つまり、ミスター・リンスケもミスター・ヤマグチも反対はしないということだ。それならば、私は、私の考え通りに進めることとするよ」


「はい。ただ、その後のことについては一つお願いしたいことがあります」


「何かね?」


「イギリスの強さを見せることで、薩摩の多くの者は理解すると思います。しかし、薩摩だけが理解しても、日本全体の動きは変わりません」


「そうだろうねぇ。久しぶりに戻ってきて、物騒な話が相変わらず多い」


 重い溜息をついた。


 考えてみれば、オールコックは東禅寺で襲われたことも含めて、かなり危険な目にも遭っている。にもかかわらず、イギリスに長期休暇に行ったうえでまた戻ってくるのだから、相当気に入っているのだろう。


「そこで今後でございます。ミスター・オールコックもご存じだろうとは思いますが、日本の多くの地方領主は財政難に見舞われております。仮にイギリスに人を派遣したいと思っても、それが難しいのでございます。財政難ゆえに」


 財政難、という言葉を強調する。


 それでオールコックも理解したようだ。


「我が国が支援しろというのかね?」


「そうしていただければ、大勢の者がイギリスに行き、数年後の日本に大きな影響をもたらすことになるでしょう」


「……」


 オールコックは無言のまま腕組みをして考える。


「……私の一存では決められん。外務大臣や政府に諮ってからだ。ただ、そういう方法があるということは伝えておこう」


 オールコックを含めた公使館にいる者としては、なるべく早く日本全体が親英国になってほしいという思いがある。もし、本国がそうしてくれるなら有難いくらいの気持ちで進めてくれるだろう。


「あと、もう一つ頼みがあります」


「何だね?」


「それを伝える船に、四人乗せてほしいのです」


「既にリンスケも含めて何人も送っている。今更遠慮することはないよ。しかし」


 オールコックはけげんな顔をした。


「ここには3人しかいないのでは?」


 私と、福沢諭吉、大村益次郎の3人しかいないことを確認して首を傾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る