第14話 一太、小松帯刀と語る②

 小松はしばらく沈黙していた。


 私の様子をしばしば見て、考えている。


「……今後、薩摩に限らずこの日ノ本全体として海外事情を理解しなければならないというのは理解できます。しかし、それだけの人数を留学させるだけの資金をどこから捻出するのです? 実現性のない話のために、骨を折るつもりはありませんよ」


「お言葉を返すようですが、私が小松様に、実現性の全くない、夢のような話を持ってくるとお思いでしょうか?」


 私がアテにしているのは、幕府がイギリスに払う賠償金である。


 これを「将来的な英日友好のために充ててもらいたい」と説得して使わせようというものだが、さすがに当事者である薩摩の家老にこのことを言うのは気が引ける。ここは信じてもらうしかないし、信じられないというのなら、薩摩以外のところから引っ張るしかない。


 ただ、史実でも薩英戦争後に薩摩は多くの留学生を派遣している。小松であれば乗ってくるのではないかと思うのだが……



 小松はしばらく黙っていた後、小さく息を吐いた。


「確約はできませんが、検討はしてみましょう」


「ありがとうございます」


「……私もオランダ船に乗ったことがあります。船に関しては向こうが上でしょう。我々は追いつくための努力をしなければいけません。そのために多くの者を派遣して勉強させなければならないということは理解しています」


 理解しています。小松は二度、繰り返す。


「しかし、それだけでは不十分でしょう。私がこのようなことを言うのは矛盾しておりますが、武家体制がある限り、西洋の知識や技術が本気で用いられることはないでしょう。そのようなものを持ち込んでは不都合だからです。幕臣として山口殿はいかがお考えで?」


「私も小松様と同じ考えです」


「しかし、幕府をどうにかすることはできないでしょう?」


「できます」


 私が考えている方策は色々過激なので、だれかれとなく話すわけにはいかない。


 しかし、幕末維新でもっとも進歩的な考えをもち、それを実行してきた小松なら話しても構わないだろう。


「時を見て、大政を朝廷に奉還するようにいたします」


「……大政を奉還?」


 小松は一瞬、きょとんと眼を見開いて、その後渋い顔をした。


「……なるほど。幕府では現状に対処できない。朝廷に奉還し、徳川家は将軍家ではなく、宮家の筆頭として立場を変える、というわけですか」


 さすがに小松帯刀、意図をすぐに読み取ってくれた。


 徳川家は将軍家としての地位を放棄する。ただし、将軍家茂は天皇の妹と結婚しているから、朝廷の者として政治には携わっていくことになる。


 これに続いて大名家も地位を放棄し、武士も随時特権階級をはく奪していく。


「……大名と言いつつ、諸国のほとんどは財政が火の車です。ここ薩摩も密貿易などで何とか取り繕っていますが、財政に余裕はありません。何かしらの見返りを与えれば、多くの大名が応じる可能性はあるでしょうね。問題は中堅より下の者達です。彼らから刀を取り上げるのは容易ではありませんよ」


 小松は展開を予想しているが、見事なまでに史実と一致している。



 明治維新において、もっとも重要だったのは武士階級を落とすということだ。今まで特権層だった武士を普通の階層に落とすのだから、反発が出て当然である。


 ただ、武士のトップクラスである大名からは予想外に反発が少なかった。小松の言うように幕末のほとんどの藩は財政難だったし、華族階級を約束されたことも大きかったのだろう。むしろ積極的に協力する者が多かった。


 中小武士はそうもいかない。いわゆる明治の士族商法の話など、多くの者が時代の変化についてゆけず、不満を溜めて行った。彼らは各地で反乱を起こし、最終的には西郷隆盛を担ぎ出して西南戦争を起こし、鎮圧されたことで終息した。



 忘れてならないのは、これらは戊辰戦争を経て、新政府が幕府側をコテンパンに叩きのめしたうえでのことである。「新政府は強い」と思わせて尚、西南戦争が起きたのだ。


 私の狙い通りに行けば、新政府と幕府の間に戊辰戦争のような大きな戦争が起こることはない。新政府が強いということは多くの者には分からない。中小武士の反発はより大きくなる可能性があるわけだ。



「彼らを納得させるものを提示できるか、ですね。それができないのであれば、島原の乱を超えるような大反乱が起こる可能性があります」


 江戸時代で最大の反乱といえば、島原の乱だ。


 それをも超える。小松は国を二分しかねない反乱を想像しているのだろう。


 私の回答の番だ。


「……武家の魂の部分はどうしようもないのですが、武家の者が簡単に困窮しないような方策は考えております。これはさすがにかなり奇天烈な考えでございまして、該当する者と共に説明することが必要となるかと思いますが……」


「……武士を廃するのに、武士が困らない。奇天烈なことをしないことにはうまくいくはずがありませんね」


「はい」


 私は力強く頷く。


 小松はふくらはぎのあたりに指をあて、ぐりぐりとねじる。


「二年ほど前から、足に痛みがありましてね。困ったものです」


「いけませんね。無理はなさらないことが大切です。食べ物も気を付けた方が良いかと」


 小松帯刀は早くから病気をもっていたようで、明治になってすぐに隠居してしまい、明治三年に早逝している。


 もし、小松が長生きしていたら、明治日本はもう少し速やかに近代化が進んでいたのではないか、とも思える。


 徳川家茂の場合と異なり、小松は死因がはっきりしないので防ぎようがないのだが、とにかく少しでも長生きしてほしいものだ。

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