第13話 一太、小松帯刀と語る①
長崎での滞在を終え、一路薩摩へと向かう。
その途中に熊本に寄る。
熊本というと横井小楠がいるが、彼はこの時代には福井で松平春嶽の参謀を務めていたはずだ。彼以外にこれという者は知らないので、申し訳ないがそのまま素通りさせてもらうこととしよう。
かくして、6月10日に鹿児島に着いた。
まだ、何も不穏な気配はない。
鹿児島に着いた私の狙いとしては、上層部との面会。特に小松帯刀だ。
薩摩には維新の三傑として大久保利通、西郷隆盛がいるが、維新までの薩摩最大の重要人物は前述の2人でも島津久光でもなく、小松帯刀と言っていいだろう。
少なくとも伝えられる限りだと、幕末・薩摩の重要決定にはこの人物が関わっている。当然、薩英戦争後を動かすとしても小松の協力が不可欠だ。
しかし、小松に会いたいと言って簡単に会えるものではないし、その代償が必要となる。
「おぉ、おまえは幕府の山口どんではないか!」
鹿児島に着いた途端、何故かすぐに見つかりたくない相手に見つかってしまう。
「あ、あぁ、久しぶりですね、大久保殿」
大久保一蔵である。
仲間を引き連れて、昼から酒臭い息をしている。
「ちょうど良い! 昼も飲みたいと思っておったところだ。山口どんも付き合え」
ということは、朝から飲んでいたということだろうか。
小松に会うためには付き合うしかないが、全面的に付き合うと大変なことになる。
私は福澤の肩を叩いた。
「任せたぞ」
「……? は、はぁ……」
福澤は飲みも強かったという。ここは彼を矢面に立たせて任せてしまおう。
翌朝、べろんべろんになった福澤と大久保とともに、鹿児島城に登城した。
「おー、城じゃあ」、「城じゃのう」
大久保を私が、福澤を大村が抱えるような形で城へと入ろうとするが、当然というべきか、門番に止められる。
「あー、わしが誰だか分からんのかぁ!?」
大久保が止められたことを門番に対して怒っている。ただ、仮に大久保だと分かっていてもこれだけ前後不覚になっていれば、誰だって城に入れたくないだろう。
そこからはすったもんだだ。
およそ半刻ほどの不毛な言い争いのすえ、どうにか私達は城に通された。皮肉なのは頼りにしていた大久保の存在ではなく「山口一太が来たら通すように殿と小松様から言われております」ということだった。彼に頼まなくても入ることはできたらしい。
島津久光は湯治に出ていて留守らしいので、すぐに小松と会うことになった。
ちなみにこの時期、西郷隆盛は島津久光を怒らせていたために流刑にあっている。戻ってくるのは禁門の変以降ということになるが、今のままだと果たしてどうなるのだろうか。
ともあれ、小松帯刀の下に連れられた。
久しぶりに会うが、相変わらず涼しい顔をして、にこやかな顔をしている。
「お久しぶりです。山口殿」
「ご無沙汰しております。小松様」
まずは普通に挨拶をかわし、さて、どうやって話題を切り出したものかと考えていると。
「今回参られたのは、英吉利とのことでございましょうか?」
と、向こうから切り出された。
さすがに維新きっての敏腕家老。ある程度の情報は把握しているらしい。
「左様でございます」
小松はしたり、という顔で頷いた。
「山口殿がどうお考えなのかは分かりませぬが、薩摩としては何もせぬまま相手に屈服するわけにもまいりません。また、私共薩摩の者が英吉利の者を斬ることになったのは幕府の不手際があってのゆえと考えております。この点を譲るつもりはない、ということは幕府の者にも、薩摩の内にも伝えているところでございます」
これは生麦事件に対して薩摩の主張である。
つまり、幕府は、朝廷の勅使である大原重徳が街道を通過する予定日時は横浜に伝えていた。しかし、島津久光の大名行列が通過する日時については知らせていなかった。
それをきちんと知らせていれば、トラブルは起きなかった。つまり、落ち度は幕府にあるというもので、薩摩は全く罪がないというものである。
その是非は別として、結局、幕府はこの理屈をイギリスにも押し付けられて、賠償金を支払うことになる。だから、まるきり理屈がないとは言えない。私もひとまずこの路線に従うこととする。
「もちろん承知しております。幕府が英吉利に多額の賠償金を支払うだろうことは間違いありません。ただ、それだけで英吉利が納得しないこともまた、事実でありましょう」
私の言葉に、小松は面白くなさそうな顔をした。ただ、不愉快というほどのものではない。
「……まあ、そうなるでしょう。ただ、そこから先は武門の意地もございますので」
「承知しております。ただ、そのうえで一つだけお願いしたい儀が」
「……一応、聞きましょう」
「英吉利に対して服せないということはもちろんでございます。ただ、これから先、英吉利を無視していくことも難しくございます」
「……でしょうね」
ますます面白くない、という顔で小松は答える。
「つきましては、今回の件が解決した後、薩摩からも有為の若者を英吉利に派遣してほしいのです」
小松は先ほどまでの顔とは一転して、不可解、という顔をした。
「……敵対した後、相手のところに人を派遣しろと?」
「お嫌ですかな?」
「……いいえ、それ自体は構いません。しかし、敵地に行かせることになるならば、1人や2人では不安でしょう?」
「そんな少ない人数ではございません。薩摩から20人、この日ノ本からは100人を超える数を送りたいと思います」
「……何ですと? 薩摩から20人?」
小松は目を丸くした。
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