第12話 一太、キリスト教の暗躍を危惧する

 ウィリアムズのミサが終わり、こちらに戻ってきた。


「初めまして、ミスター・ヤマグチ。チャニング・ウィリアムズと申します」


「山口一太です」


「早速ですが、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


 早速、何かしら聞いてくるようだ。


「この長崎や横浜で、貴方やミスター・リンスケ・ミヤチのことを知らないものはおりません。と同時に、その考え方や行動力にここ日本の者とは異なるものを感じるのも事実です。ミスター・ヤマグチはいかなる教えを信じているのでしょうか?」


「むっ……」


 そう来たか。



 この時代、もちろんのこと日本のほぼ全ての人間は仏教に属していることになる。


 仏教というよりは、地元の寺と言った方が良いのかもしれない。中世のヨーロッパもそうだが、この時代、国家が住民を管理しているわけではない。主として寺が地元の住民のことを管理しているのである。


 そうした寺が実施する祭事に参加し、地元の考えを守っていくという形だ。


 地元も含めた緩い繋がりではある。当然ながらその中にキリスト教は含まれていない。


 ただ、私や燐に関してはキリスト教の影響を否定できないだろう。


 もちろん、私も燐もクリスチャンではない。ただ、21世紀の現代日本はかなりキリスト教ナイズされている。そのくらいに欧米ナイズ化されている。


 私はもちろん、燐の言動にも仏教的なものはほぼないだろう。



「……さて、何とも言えませんね。他の人ほど仏教の影響は強くないですが、といって、キリスト教などを信じているかというと、それも微妙です」


 正解としては現代日本的な無神論者なのだろうが、それを言うと周囲から不審に思われるだろう。曖昧に誤魔化すしかない。


ウィリアムズは苦笑した。私がキリスト教を警戒していると察知したのだろう。


「……もちろん、私もここ日本の全てを否定して、キリストの教えを広めるべきとは思っておりません。しかし、この地で主の教えを信じる者には、その道を与えてほしいと考えております。ミスター・ヤマグチ、貴方も協力してくれないでしょうか?」


「もちろん、否定はしませんよ。ただ、私には上様にそうしたこと掛け合う力はありません……」


 これは建前ではない。


 もちろん、私は未来を知っているから、この時代の誰よりも先のことが分かっているし、そのことは将軍・徳川家茂も孝明天皇も理解してくれている。


 しかし、国の宗教問題に口出しするのはさすがに無理だ。


「もちろんそこまでしてくれとはお願いしません。ただ、最大限配慮してもらいたいのです」


「それはまあ……」


 曖昧に承諾した。


 どういう意味で言っているのかは分からない。


 ただ、気がかりなことがある。

 


 燐のことだ。



 燐はスポーツ分野などにはとてつもなく詳しいし、世界史もある程度知っている。


 しかし、こうした哲学的な問題は分からないのではないか。


 仮にウィリアムズがイギリスの宗教家と組んで、燐に「オリンピックでも協力するので日本でもう少しキリスト教が広まる手伝いをしてください」と頼んだらどうなるか。


「別にいいよ」と協力することは火を見るよりも明らかだ。


 外国のあらゆる権威を背負った燐が、イギリスの代理人としてやってきた場合、なし崩し的に日本がキリスト開国してしまう危険性が出て来る。


 もちろん、本人に悪意はないのだろう。「どうせ現代日本でも、クリスマスとかハロウィンとか祝っているし」くらいに思うだろう。


 ただ、この時代においてはそうではないのだ。



 しかも、燐がギリシャ首相になり、オリンピックまで開催すると、民族の希望のようになってしまう可能性がある。


 その燐が「キリスト教にしよう」と言ってしまった場合、本人の意図以上に日本がキリスト化されてしまう可能性がある。


 そこまで行くのはやはり問題だろう。



 ウィリアムズはどうやら私がある程度キリスト教のことを把握していると見ているようで教義の話はしてこない。


 話はというと、今後の教育施設といった要望だ。


 もちろん、この人物は後に立教大学を創っているし、ほぼ同じころに新島襄が同志社大学を設立している。


 だから、彼の希望は史実では実現するし、この世界ではもっと簡単に実現するだろう。


「日本は今後、ミスター・ヤマグチとミスター・ミヤチを中心に進んでいくものと思います。くれぐれもよろしくお願いします」


 とまで言われてしまった。



 やはり彼らは燐にも頼むつもりでいるのだろう。


 そうなったらまずい。あらかじめこの点について燐に釘を刺しておいた方が良さそうだ。しかし、どうしたら良いものか。


 一番良いのは私が行くことなのだろうが、ここから日本が激動することを考えると、おいそれと離れられないところがある。


 代理で行ってもらうなら、まずは福澤諭吉が考えられるが、彼は「キリスト教は広まれば広まるほど良い」くらいに考えていそうだ。だから、彼に「燐にキリスト教勢力に安易に乗り過ぎないでくれ」と頼んでも無視されるだろう。


 どうしたものかと思うと、大村と視線が合った。


 こちらはキリスト教に対して「ふうん」と冷淡な視線を向けている。そもそも靖国神社の楚となった人だ。安易にキリスト教には向かないだろう。


 とはいえ、大村が行っても燐にとっては「誰、あんた?」だろう。


 では、大村と福澤の2人?


 それも不安だ。



 となると、やはり彼女に頼むしかないのだろうか。


 千葉佐那に。

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