第6話 一太、徳川埋蔵金の真相を知る?

 松代に行き、佐久間象山に会うことを決めたが、その前に幕府の面々とも話をしておいた方がいいだろう。


 次の日、私は江戸城に登城した。


「おぉ、一太じゃねえか? どうしたんだ?」


 顔を会わせた勝海舟が驚いている。


「緒形洪庵先生の無聊を慰めることと、ちょっとした報告も兼ねて戻ってまいりました」


「そうなのか? お前さんが清河をやり込めた話は伝わっているぜ。たいしたものだなぁ。鉄舟も驚いていたぞ」


「そうですか……」


 そういえば、清河が羽振りを聞かせていた頃は、幕臣にも師事している者が多かったという。そうした面々が大人しくなってくれるのならば、わざわざ清河と議論をした意味もあったと言えるだろう。


「これを勝さんにお願いして良いのかどうかは迷うところですが……」


「おっ、何だ? 俺の手に余ることなのか?」


「手に余るわけではないのですが、何分話が大きくなりそうなものですから」


「ほう?」


 勝が身を乗り出してきた。


「難しいことかもしれないが、俺は上様のためなら何でもやるぜ。言ってみろよ?」


 言葉だけではなく、決意もにじみ出ている。勝海舟は本当に徳川家茂のためなら何でもできるのだろう。



 だから、私も端的に伝えることにした。


「今年中、遅くとも来年の頭までに幕府から50人ほどの者をイギリスに派遣したいと思いますので、その人選をお願いできますか? 今後の幕府……を超えて、日本そのものを導けるような若者たちです」


 さすがの勝も、私のこの要望には面食らったようだ。


「50人? またデカくでたねぇ。人選も大変そうだが、一太よ、それだけの人数をイギリスに派遣できるのか?」


 この疑問はもっともである。


 人選が出来たとしても、イギリスがそれだけの人数を受け入れるのかどうか、その派遣費用はどこから出て来るのか。それは誰だって不思議に思うだろう。


「その部分は何とかなると思います」


 ただ、中身を答えるわけにはいかないので、私も曖昧に答えざるを得ない。


「……そうか。おまえさんがそう言うのなら、何かしらアテはあるのだろう。分かった。俺だけで50人選ぶのは大変だが、小栗(上野介忠順)らにも頼んで、有望な連中を取りそろえることにする」


「お願いいたします」


 やはり勝は何かと頼りになる存在だ。




 ……と、任せたことで安心していたのだが、これが予想外の方向に向かってしまった。


 翌日、私はすぐに松代に向かうつもりだったが、朝から勘定奉行方への呼び出しを受けてしまった。


「勘定奉行が直々につれてこいということです。よろしくお願いします」


 やってきた者が申し訳なさそうな顔をしているところを見ると、勘定奉行がかなりの剣幕で「山口を連れてこい!」と命じたことが伺える。


 勘定奉行というと、小栗上野介だ。


 昨日、勝が「小栗にもあたってみる」と言っていた。だから、多分勝が小栗に「山口一太がイギリスへの留学生を探しているんだが、おまえさんにアテはないかね?」くらい聞いたのではないかと思うが、それが何かの気に障ったのだろうか?


 彼も渡米経験があるのだし、「イギリスに幕府の若者を出すなどけしからん!」と怒ったりはしないと思うが。



 理由は分からないが、呼ばれている以上は行かざるを得ない。


 案内に従って、勘定奉行の詰め所へと向かった。


「お久しぶりです。山口一太です」


 挨拶をすると、小栗はかなり厳しい顔つきをしている。やはり何か気に入らないことがあったようだ。しかし、一体何なのだろう?


「一太よ、有り体に申せ。お主はイギリスに50人もの若者を留学させる計画を立てているようだな?」


「はい。そうです」


「その資金の出どころであるが、御用金をアテにしているのではないだろうな!?」


「御用金?」


 あ、そういうことだったのか。



 徳川埋蔵金。


 現代でも一部の者が信じて発掘しているとも言われている代物だ。


 勘定奉行だった小栗が、幕府再興のための御用金を預かり、それを群馬・赤城山近辺に隠したという。その額400万両近く。


 その金の所在は21世紀の今もはっきりしない。だから、「どこかにあるはずだ」と信じて調査し続けているものもいる。


 どうやら、その御用金というもの自体はあったらしい。


 そして、その御用金を、私が留学生の資金として流用するのではないかと、小栗は警戒しているようだ。


「とんでもございません。私は御用金なるものを初めて聞きましたし、勘定奉行の扱うお金をアテにするはずがございません」


 完全な濡れ衣なので否定はするが、小栗はこの件には相当に神経質なようで何度も何度も確認された。


 その度に私は否定をする。


「そもそも、そんなあるのかないのか分からないお金をアテにするほど、暇ではありません」


 とまで言って、ようやく信用されたようだ。


「すまなかった、一太」


 ようやく小栗が頭を下げて来た。


「御用金というものは、実は存在しないのだ」


「ほう?」


「ただ、ないものをあると見せかければ、後々の布石になると思ったので、沢山扱っているように敢えて広めていたのだ。だから、お主が本当にアテにしているとなれば困ると思ってしつこく問いただした。許してくれ」


「ですので、アテにしていませんから」


 どうやら、御用金も埋蔵金も存在しないものだったらしい。


 噂の出どころは分からないが、「小栗が多額の金を預かっている」と言われて、小栗は否定しないことにしたようだ。それが事実だと思わせれば、「幕府は御用金として数百万両を用立てる力がある。幕府はまだまだ強いのだ」と、多くの者が幕府の権威を恐れると思ったのだろう。


 ところがこの話が信じられ過ぎて、「小栗がどこかにお金を隠した」と広く信じられるようになった。


 それが現代にも伝わっているということなのだろう。


 やれやれ、という話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る