第2話 幕府の金欠に悩む者達

「邪魔しますよ」


 坂本龍馬が入ってきた。


 新選組のメンバーが勢ぞろいしてくるところにやってくる坂本龍馬というのも凄い図式だが、もちろん、お互いにそんな意識はないだろう。



 龍馬が土佐の者だということは全員がよく知っているので、彼が来たと知った途端、土佐の話はなくなった。土佐出身者に土佐の悪口を聞かせたくないという配慮であり、もちろん私もそれに倣う。


 彼らの龍馬への認識は、勝海舟の弟子というものである。


 現在、勝が幕府から許可を受けて、神戸に建設中の海軍操練所の現地監督のようなことをやっている。


 土佐出身者ではあるが、勝の弟子で幕府の活動をしているのだから敵ではないだろう、ということだ。



「坂本先生は神戸におられるということでしたが、どうしたんですか?」


 近藤が尋ねると、龍馬は両手をひらひらとさせた。


「金が足りんので、無心に回らなければならんのですわ」


 あまりに正直な物言いと、龍馬のやり口が滑稽だったのだろう。一斉に笑い声があがる。


「それは我々も同じです。会津様から幾ばくかはいただいてはおりますが、これではとても、とても」


 実際、池田屋事件で大活躍をするまでは新撰組は海の者とも山の者とも知れぬ存在で、扱いもぞんざいだったらしい。芹沢鴨が商家に押し入ったというような話があるが、これは芹沢が横暴だっただけではなく、活動資金が足りなさすぎるという事情もあったのだ。


 当然、その事情は今も似たようなものである。


 史実よりマシなのは、清河が余計なことをして分裂せずに済んだため、幕府からの給金も(少ないながら)支給されている、ということくらいだ。



「どちらに行かれるんですか?」


「とりあえずは越前様のところですかのう」


「やはり越前様のところですか。ま、ま、一杯どうぞ」


 幕府のために働いているが、お互い金欠。


 そうした似たような立場にあることで、近藤も土方も龍馬に更に親近感を抱いたようで、酒を勧めている。龍馬もまた、それに応じている。


「ところで山口先生の方でされていることはいかがですかな?」


 龍馬が矛先をこちらに向けてきた。



 近代日本のための法整備をしている、ということまで教えているのは沖田総司のみである。彼のみが、海外の法制度が日本と異なっていると理解しているからだ。


 他の者に説明しても、理解されぬまま中途半端に流布される可能性がある。それで「山口は日ノ本をとんでもない形に変えようとしている」などと言われたのでは溜まったものではない。


 だから、沖田以外の者に対しては、「孝明天皇からも信任を受けて、何かを任されている」という風に認識されている。それだけでも尊王攘夷派の連中は私に手出しできなくなるし、十分なことだった。


「進んではおりますが、ね」


 と答えたが、実はまだ何も手をつけていない。



 手をつける以前にやらなければならないことがある。


 まず、海外のことを多くの者に理解してもらうということだ。


 日本が近代国家に進むきっかけとなったのは、明治四年に派遣された岩倉使節団だ。日本の中枢を担う人材がこぞってヨーロッパに行ったことで、そこから先の変革が一気に進んだし、近代法制定の動きが進んだ。


 これと同等のことは難しいにしても、匹敵することは行わなければならない。100人前後の派遣である。


 だが、それをするためには是が非でも必要なものがある。


 そして、近藤や坂本と同じ困難にぶち当たる。



「色々考えて、進めてはいるのですが、実はこちらも金がないという大問題があります」


 そう言って苦笑すると、龍馬も近藤も「やっぱりか」と大笑いだ。


「何とかしてほしいですのう」


「全くですよ」


 お互いに酒が進む。



 こういう場なので、ちょっとした苦労も笑い話となるわけだが、実際には笑うわけにはいかない。


 幕府が金欠なのは誰もが知るところである。


 以前、清河との議論で話題にしたが、封建国家である幕府にはそもそも租税面の問題もあるし、集めた少ない予算にしてもうまく使えているわけではない。


 それでいて災害復興予算など必要なものもどんどんと出て行くし、幕末の荒れた雰囲気だから出費はどんどんかさばっていく。


 だから、幕府の中では必要なことと分かっていても、浪士組や神戸操練所、海外派遣に対する予算などを組める余裕がないわけだ。


 少なくとも歴史を見る限り、この事態は最後まで改善されることがない。だから、待っていたとしても最後まで金欠で動けぬまま倒幕という形になってしまうかもしれない。


 そうさせないためには、どこかで金を出させる必要があるのだが、根本的に金がないという現実がある。


 改革をしなければいけないが、改革のために必要な金がない。


 解決策のない堂々巡り、最悪の事態である。



 ただし、私の企画に関しては、実はアテはある。


 かなりのウルトラCとなってしまうが、策がないわけではない。


 ただ、これを実現するためには、多くの協力が必要となる。


 特に西国の協力が必要だ。肥前、薩摩、長州といったあたりのだ。

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