27章・雄藩の事情(山口視点)

第1話 一太、尊王攘夷の実情を語る

 文久三年三月。


 京では結成された浪士組が治安維持にあたっていた。


 これは史実には無かった話だ。史実では、清河八郎が「これから尊王攘夷活動に勤しむぞ」と公言し、ほとんどが江戸に舞い戻ることとなったが、ここにいる清河はそんなことはしていない。


 私、山口一太は孝明天皇から直々に「日本を近代化させるための法体系を作れ」と言われて取り組むことになったが、当然ながらそんなことは一人でできるはずがない。


「清河先生が私に勧めた以上、手伝うのが道理ではありませんか。違いますか、主上」


 と、孝明天皇も巻き込んで、清河を強引に引きずり込んだのである。



 清河が朝廷に出ずっぱりとなったため、浪士組は心置きなく尊攘派を取り締まっている。


 取り締まっていると言うのは聞こえが良いが、ようは手あたり次第に斬っている、ということだ。



 その中心となっているのは史実同様に近藤、土方、芹沢、新見の四人だ。


「やっぱり土佐と長州が主体のようだ。土佐は知らないが、長州の方は何とかならないかね?」


 ある夜、酒席で近藤から尋ねられた。


 これは私が、長州の有力者である桂小五郎と親しいことから来ているのだろう。桂を通じて、尊攘派の活動を小さくすることはできないのか、と。


「それができれば良いのですが、長州はこれまで尊攘派の牙城という看板を立ててきました。それを下ろすことは難しいでしょう」


「……そういうものかねぇ」


 近藤は納得いかないようだが、そういうものなのだ。


 今や、桂小五郎はもちろん、高杉晋作や久坂玄瑞にしても尊王攘夷一辺倒が厳しいことは理解している。事実、桂は英国留学のための準備をしているらしいし、燐介は伊藤博文と井上馨をイギリスに連れていってしまっている。


 ただし、「尊王攘夷はもうダメです。やめました」と言うのも難しい状況である。「うまくいかないのではないか?」という見解が支配的ではあるが、まだまだ下層には「神国・日本に外国の者を入れるわけにはいかない」という空気がある。そうした空気に迎合することで得られるものもまだまだある。捨て去るには惜しい。 


 それにやめるとなった場合、「では、今までの話は一体何だったのだ? 責任者は出てこい」ということになる。


 だから、桂達は次に長州が向かうべき進路を模索してはいるものの、尊王攘夷の看板そのものは外さず、協力もしている。「最終的にはうまくいかないだろう」と思いながら、利用している。


 決して美しい話ではないが、政治の舞台ではそうした用意周到さも持ち合わせていなければならない。


 一つのことしか信じない、やらない、と言うのではそれがうまくいかなかった時に危険過ぎる。



「土佐はどうなんだね?」


 近藤の問いかけが続く。


「土佐も土佐でややこしいのですよ」


 この時期、土佐の藩政を牛耳っているのは武市半平太率いる土佐勤王党、ゴリゴリの尊皇攘夷組織だ。


 ただ、土佐の場合はよりややこしい事情がある。上士と郷士の関係だ。


 土佐は関ヶ原までは戦国大名・長宗我部氏の領地だった。しかし、関ヶ原の戦いで西軍についてしまったため改易され、この地は山内氏のものとなった。


 改易されてしまったので、長宗我部氏の配下にいた武士達はそのまま山内氏の配下につくことになったが、当然、元々から山内氏配下の武士とは区別される。


 徳川幕府自体に譜代大名と外様大名というものがあるが、土佐国内では外様武士たる郷士が生まれたわけだ。当然、下級武士という扱いになる。


 燐介や坂本龍馬もこうしたところから出て来た。


 彼らは当然、元からの山内氏配下の武士……いわゆる上士に対して反発を覚えている。


 土佐勤王党はそうした郷士の一大拠点となっている。


 つまり、土佐勤王党は尊王攘夷を目指す組織ではあるのだが、それ以上に階級闘争という色彩も帯びているわけである。



「……面倒な話だな」


 こうしたいきさつを説明すると、近藤はうんざりとした顔をした。


「仕方ねえよ、勝っちゃん。上様のいる江戸だって、とても、とても、良い場所とは言えないわけだし、な」


 まさに土方の言う通りである。


「……ということは、土佐からは延々と尊皇攘夷の不逞浪士がやってくるというわけか」


「……まあ、上士側もいつまでも黙っているとは思いませんが」


 実際、ちょうどこの時期から土佐勤王党の勢いには陰りが生じてくる。


 薩摩が尊王攘夷から公武合体に乗り換えたように、土佐の山内容堂(豊信)も尊王攘夷を行き過ぎたものと考えている。土佐勤王党は国内でも容堂側近の吉田東洋を暗殺するなどの横暴を働いており、この事件の調査をきっかけに風向きが変わっていく。


 武市半平太達も逮捕されてしまい、それぞれ尋問を受けるが、さすがというべきか口を割ることがなかった。


 ところが岡田以蔵があっさりと白状してしまい、ここから瓦解していくことになったという。


 もっとも、その以蔵は燐介がアメリカに連れていってしまった。


 これが土佐勤王党にどう影響してくるのかは、分からない。


 容堂の打倒・土佐勤王党の意志は強いから、最終的には崩壊するのではないかと思うが。



 と、沖田総司がやってきた。


「山口さん、坂本龍馬が会いに来たよ」


 土佐の話をしていたせいか、土佐の者を寄せ付けてしまったようだ。

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