第11話 ギリシャ王と燐介②

 それからしばらくはデンマーク王子ヴィルヘルムのギリシャ統治に向けての抱負を聞くことになる。


 さすがに国王となるだけあって、ギリシャのことをよく調べている。


 聞くところによると、独立してからの30年で20人、この一年ちょっとでは5人の首相がついているという。


 つまり、任期にすると平均1年ちょっと。2年もてばすごい部類だ。


 それだけ国家が混乱していることになる。



「だから、彼らがイギリスの支配下を求めたのも分からないではありません」


 という言葉は、ギリシャ国民が次なるギリシャ支配者を求める選挙をした際にヴィクトリア女王の次男アルフレッドが一位を念頭に置いてのものだ。


 先ほど、ロシア皇太子のニコライが「ロンドン条約でイギリス、フランス、ロシアの関係者は対象者から外されているけれど、自分は上位だった」と言っていたが、イギリス王子はもっと凄かったということか。



 つまり、ギリシャ人だけでは収拾がつかないことを、当のギリシャ人がよく理解しているから、最強国の下で安定したいということなのだろう。


 まあ、これは他人の事は言えない。20世紀後半の日本の安定ぶりは良くも悪くもアメリカのバックアップがあったからだ。民族紛争とか宗教紛争はほとんどない日本でもそんなだから、対立要素が沢山転がっているギリシャがイギリスのバックアップを求めたくなるのは理解できる。


 ただ、最強国には最強国の都合がある。


 イギリスはギリシャのために深入りしたいとは思ってはいないし、あまり肩入れしすぎると対ロシアで制約を受けるかもしれない、ということは以前も触れた。



 そうした妥協で生まれたヴィルヘルム国王であるが、もちろん、それだけで収まるつもりはない。


「イギリスやフランスに安心してもらうためにも、同時にギリシャ人の優秀な人材を集めるためにも普通選挙制を導入する必要があります。全ギリシャ人の国家を築きたいと考えています」


「全ギリシャ人?」


 何のことか意味が分からなかったが、聞くところによるとギリシャの山岳地帯にはクレフテスと呼ばれる自治傾向の強い連中が多く住んでいるらしい。


 この連中は言葉良く言えば、オスマン帝国の支配を受け入れず抵抗を続けてきた面々だ。ただ、一方では独立ギリシャの支配をも受け入れず、あくまで武装して抵抗している。で、ギリシャとしてはこいつらを成敗するのも一苦労するし、金でも払って対外戦争に駆り立てた方が得だと考えて放任しているらしい。


 ただし、こいつらはギリシャ人を大切にしているわけでもない。気に入らないとイスラムだろうとキリスト教徒だろうと普通に攻撃するという。


「……今後、どうしても英仏の協力を受けなければいけませんが、彼らを放置しておくとそうした人達も攻撃する可能性があります」


「なるほど。ここはギリシャ正教で同じキリスト教でも英仏とは違うからな」


 形式的に言えばそういうことになるが、単純に国家の中に武装した独立権益を有する連中がいるということは、非常に都合が悪い。



 国内だけを見ても色々厄介なことが多いが、この時代の日本だってややこしいことを言えば負けていない。激動の時代だ、どこだってそうなのだろう。


 ただ、明らかなこととしてヴィルヘルムはマクシミリアンよりは余程国王としての責任感を有している。夢想主義を抱いてメキシコに赴いて処刑されたこともそうだが、マクシミリアンがギリシャ王になるとして、ここまでの話は聞けなかっただろう。


 イギリスが狙いを切り替えたのはよく分かる話だ。



「……実を言うと、ロシア皇太子を呼び寄せたのは私なのです」


「殿下が?」


 これは驚いた。


 何でいきなりロシアの皇太子が来ているのかと思ったが、ギリシャ統治をめぐって、ヴィルヘルムがロシア皇太子と話をしようとしていたわけか。


「そうです。ギリシャとしてはイギリスの支援を受けたいのですが、ロシアと全面的に相対するつもりもありません。幸いにしてニコライ殿下は妹のことを気に入っているようですので、それも踏まえて話をしようと思いました」


「ただ、ニコライは皇太子であって、皇帝ではないぞ?」


 ロシア皇帝はアレクサンデル2世だ。


 皇太子がいくら何を言ったとしても、皇帝の方が絶対だ。


 ひょっとしたら、ニコライは皇帝と対立して廃位されたのかもしれないし。


「今はもちろんそうですが、20年も経てば変わってきます。イギリスでエドワード殿下、ロシアでニコライ殿下が立てば、私は彼らの義兄弟としてバランスを取りやすくなります。ギリシャは政治的に安定していないので、彼らの力も頼りに外部を安定させ、その間に国内政治を成熟させていきたいと考えています」


 すげぇ。


 ニコライも凄いと思ったけど、この18歳も凄いわ。


 かなり気長に、しかも国内外にバランスをとることを考えている。


 マクシミリアンには申し訳ないが、俺も全面的にこっちの王様につこうと思った瞬間だった。



 ただ、一つ残念なことに、20年後もエドワードは実権を握ることがないんだよな。


 あと、もう10年もしてくると、ドイツも負けないくらいの力をつけてくることになるわけだが、そこまでの予知を望むのはさすがに酷だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る