第4話 燐介、留学生の紹介先を探索する

 プリンス・オブ・ウェールズのエドワードとアレクサンドラは、シュレスヴィヒとホルシュタイン問題において当然デンマーク寄りだが、肝心のイギリスはというとドイツ寄りだ。


「リンスケ、おまえの力で何とかならないか?」


 エドワードはこの問題ではイギリスの少数派になってしまうから弱気だ。俺に頼むという随分情けない状態だ。


 これで俺が何かできれば、カッコいいのだか。


「いや、そんなことを言われてもなぁ」


 何と言っても、ドイツにはビスマルクがいる。


 こいつの恐ろしいところは、このシュレスヴィヒとホルシュタイン問題ではオーストリアを仲間に引き入れたが、すぐに決裂してオーストリアと普墺戦争を起こした。この時はフランスと組むのだが、オーストリアを倒して目的を達成すると、今度はフランスと決裂して普仏戦争を起こしてフランスにも勝っている。で、ドイツ帝国を築くわけだ。


 そんな都合のいいことができるのかと思うが、ビスマルクはそれをやってのけたのだから普通ではない。


 こいつに勝てる奴は19世紀後半にはいない。


 もし、いるとしたら、ビスマルクのやり口を俺より詳しく知っている山口くらいだろう。



 しかし、山口に何とかしてもらうというのも無理な注文だ。


 山口は日本で生活している。奥さんまで貰ったらしいし。


 その状態からいきなりヨーロッパに来て、特に褒美もないけどビスマルクに勝ってくれと言われても無理な話だろう。


 それに幕末日本を動かすことで手一杯だろうし。


「やっぱり無理かぁ」


「そうだな……」


 と答えると、それ以上は言ってこなくなった。


 さすがにこの問題ではどうしようもない。


 話がなくなったところで、こちらの話題も提示する。


「それはそうと、今回は日本から留学生も連れてきたんだが、どこかに入れてやってくれないか?」


「留学生?」


「日本はまだまだ外国のことを知らない連中が一杯いるからな。とりあえず、イギリスのことを学んで来いということで、今後も何人か来ると思う」


「なるほどなぁ。ただ、それは俺より外務大臣とかに聞いた方が良いかもしれないな」


 エドワードの答えはもっともだ。


 俺は首相とも外務大臣とも仲が良いから自分でやれば良いということになる。




 とはいえ、それも現時点ではちょっと難しいんだよな。


 というのも、これからジョン・ラッセルに「生麦の件で、薩摩は全然言うことを聞いてくれませんでした」と報告に行くわけだ。


 そうして、日本は反抗的ですという認識を与えながら、一方で「日本の留学生をどこかの大学に紹介してやってくれませんか?」と頼むのはちょっと虫が良いように見える。「それはそれ、これはこれ」なのだが、そこまで割り切り良くはできないだろう。


 そのことを話してみるが、エドワードは気楽なものだ。


「誰か別の奴に頼んだら?」


「別の奴ねぇ」


 一応、首相のパーマストンとも会ったことはあるが、何かを頼めるほど親しい関係ではないよなぁ。


 というか、俺、イギリスに結構いるけれど、内閣に誰がいるか実はあまり知らないんだよなぁ。


 21世紀の現代日本人も、首相はともかく大臣まで詳しく知らないという人は多いかもしれないが、まさにそんな感じだ。



 エドワードに名簿を見せてもらった。


 と言って、名簿を見たらアテがあるのか、と言われるとそうでもないのだが。


「うん?」


 気づかなかったけれど、大蔵大臣がウィリアム・グラッドストンじゃないか。



 ウィリアム・グラッドストン。


 後期ヴィクトリア朝の著名な政治家で、以前会ったことのあるベンジャミン・ディズレーリとともに英国二大政党制をリードした存在だ。


 ディズレーリが拡張主義・帝国主義に立っていたことに対して、このグラッドストンは自由貿易・平和主義に立っていたと言われている。それぞれの立場を代表する巨頭がいたことが、19世紀後半の大英帝国の発展に寄与したとも言えるだろう。


 グラッドストンなら、「それはそれ、これはこれ。イギリスのことを知る若者に支援してやろう」と思ってくれても不思議はないかもしれないな。


「エドワード、大蔵大臣のグラッドストンって知っている?」


 とはいえ、俺とグラッドストンの間に面識はない。


 知っているからと言って、いきなり会いに行っても門前払いされるのがオチだろう。


「知ってはいるけど、仲良くはないぞ」


 頼りにならない答えが返ってきた。



 ジョン・ラッセルとは比較的関係が良いが、もうしばらくするとディズレーリとグラッドストンの時代もやってくる。


 となると、外交はもちろん、オリンピックをやるという点でもこの2人との関係を築くことを考えた方が良いかもしれないな。


 まあ、その前にまずはラッセルに報告に行かないといけないが……

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