第3話 シュレスヴィヒ・ホルシュタイン問題

 その後、エドワードが戻ってくるまで、アレクサンドラの犬達の付き合いをさせられた。


 七頭の犬を相手にするとさすがに疲れる。こいつら、主人があまり動かないものだからここぞとばかりに走り回って大変だ。


 絨毯の上でへばっていると、外から馬車が止まる音がした。


 エドワードが戻ってきたらしい。



「おぉ、リンスケ。久しぶりじゃないか!」


「……久しぶりだな、エドワード……」


 応接間に入ってきた時、俺はまだひっくりかえっていた。エドワードも大方了解したようで苦笑するだけだ。


「……大変だろう。俺も付き合わされた時には、犬を蹴っ飛ばしたくなったからな」


「いや、それはダメだって」


 動物虐待はダメだ。


 いや、この時代には動物虐待という観念がなかったのかもしれないが。


「分かっているよ。俺が女遊びしている間、あの犬達がアリックスを宥めているわけだからな」


「おい」


 エドワードは相変わらずクズだった。


「……リンスケ。考えてみろよ」


「何を、だ?」


「アリックスは王妃だから、俺の子を産むことになる」


「そうだな」


 英国王室が2022年まで続いているのは、エドワードとアレクサンドラの間に子供がいたからだ。


「仮にアリックスだけで我慢するとしよう。だが、アリックスのお腹に子供がいる間、俺はどうすればいいんだ?」


 源頼朝みたいなことを言いだした。いるらしいよなぁ。奥さんが妊娠している間、自分の欲望を押さえきれない奴が……。


 エドワードの場合は、そんな期間限定ではないのだろうが。


「我慢しろよ」


「無理だ。俺には無理だ。それにリンスケ、おまえだって、ミス・サナの他に四人もいたじゃないか」


「おらんわ!」


 そういえば、こいつの適当な発言のせいで、俺は佐那に半殺しにされたことがあったことを思いだした!



 とはいえ、15分もするとこの話題にお互い飽きてくる。


 どうせエドワードはそういう奴なのである。


 で、アレクサンドラも見た目はともかく実は結構変わった女性っぽいから、何だかんだうまくやれていたのだろう。


「まあ、それはそれとして、アリックスの故郷デンマークはややこしいことに巻き込まれている」


「シュレスヴィヒとホルシュタインだな?」



 デンマークのすぐ南にあるシュレスヴィヒとホルシュタイン。


 この両地域はドイツ系住民が多いから、プロイセンがドイツのものにしようと目論んでいる。これは以前にも触れたが、もう少し詳しく触れよう。


 これと絡んで、デンマーク王位というのも複雑なものとなっており、エドワードとアレクサンドラのこととも関係してくるからだ。


 というのも、現在の国王フレデリク7世には子供がいない。こういうケースに誰を次の国王にするかというのは各国の利害が絡んでくる。


 プロイセンをはじめとしたドイツ系の介入に対して、反感を抱いている面々は「そっちがドイツならこっちはスカンディナヴィアだ」という考えを持っていた。


 つまり、北のスウェーデンから国王を呼ぼうというわけだ。


 スウェーデンとデンマークは戦争している時期も長いが、14世紀にはカルマル連合として同国連合となっていた時代もある。歴史上例があることだからそれほど抵抗がない。


 また、スウェーデンの王権はこの時代にはかなり弱くなっていた。だから、王族達は「王権拡大のチャンス」と見て、積極的になっている。


 いわゆるパン(汎)・スカンディナヴィア主義だ。



 ただし、スカンディナヴィアのこの動きは、ドイツはもちろんイギリスにとってもあまり歓迎されることではない。


 デンマークとスウェーデンが同国になった場合、バルト海沿岸が完全に牛耳られてしまうという問題が出て来る。


 イギリスとすれば、バルト海にロシアが出て来るのもダメだが、デンマークが独り占めしてしまうのもまずい。だから、「デンマークがそういう動きをするのなら、プロイセンが持ってもいいんじゃないか?」という考えになる。以前にも言ったが、ヴィクトリア女王はドイツ出身だから、元々ドイツシンパということもある。



 シュレスヴィヒとホルシュタインを巡る地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818023213485157764



 イギリスがこういう態度で、デンマークとスウェーデンの同国化には反対しているから、デンマークも表向きこの路線を諦めた。その結果、王位継承権者となったのがアリックスの父親クリスチャンだ。


 デンマークとしてみると、「スウェーデンとの接近は諦めるから、ウチの王女とオタクの王子を結婚させて、シュレスヴィヒとホルシュタインの件では中立かデンマーク寄りでお願いします」的な結果となったわけだ。つまり、アレクサンドラの父親は政治的妥協のうえで王位継承権者となったわけだ。


 ただ、結果的にイギリスは中立ではあったが、プロイセン寄りの中立になった。ヴィクトリア女王がいるから、な。



 イギリスが味方してくれないので、デンマークはスウェーデンの支援をアテにしていたらしいが、スウェーデンも王家はともかく政府は「今更カルマル同盟の時代でもないわい」という考えで冷淡な対応だったらしい。


 ということでドイツ側が勝った。デンマークは負けた。



 故郷の負けを見ることになったアレクサンドラはドイツが嫌いになった。


 夫婦として仲良しというわけではないが、母親嫌いも相まって、エドワードもドイツが嫌いになった。


 だから、エドワードが王になると彼はなるべくドイツに嫌がらせをしようとした。日本やロシアと接近してドイツを孤立させた、というわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る