第2話 王妃アレクサンドラ
プリンス・オブ・ウェールズであるエドワードの新妻アレクサンドラ。
彼女は、いきなりオリンピックの取りやめを求めてきた。
一体、どういうことなのだろうか?
どう反応したら良いか迷っていると、アレクサンドラが微笑む。ポンポンと手を叩くと、たちまち犬が数匹近寄ってきた。
「可愛いでしょう?」
「えぇ、まあ……」
王室で育てられているだけあって、どの犬も愛嬌満点だ。
「オリンピックなるものより、この子達のために働いてもらえないでしょうか?」
「この子達のために……?」
どういうこと?
犬の散歩係になれ、とでもいうことなのだろうか?
さすがにそれは嫌だなぁ。
「私は、この子達のためのスタッドブックを作りたいのです」
スタッドブック?
スタッドブックというと、アレだな。競走馬の登録をしている馬だな。
犬のスタッドブックを作るというと、どういうことだ?
ドッグレースでもやるつもりなのか? あるいは闘犬?
ここにいる犬達はぬくぬくした坊ちゃん嬢ちゃんという感じで、とてもレースや闘犬が出来そうな犬に見えないが。
「リンスケにも見せたかったですわ。先月、ここロンドンのチェルシーで開かれた華やかなドッグショーを……」
アレクサンドラは両手を組んで、うっとりした様子で思い出している。
ドッグショー。
文字通り、しっかりしつけた犬をお披露目する場所だな。
ようやく見えてきた。
スポーツと同様、19世紀に入って、犬をペットとして愛好するという概念も広がってきた。で、犬自慢が「ウチのワンちゃんこそナンバーワン」と主張したがるようになり、ドッグショーが開かれるようになった。
非公式なものは色々行われているようで、アレクサンドラが言うようについ先月には大規模なものが行われたようだ。
アレクサンドラとしてみると、「スポーツの祭典よりワンちゃんの祭典を開くべき」ということなのだろう。
「ヨーロッパにはヨーロッパ風の子達がいます。アジアにはアジアの子が、アメリカにはアメリカの子がいるのでしょう。当然、リンスケの国ニッポンにもニッポンの子がいるに違いありません。私は世界中の子達をお披露目する舞台を作りたいと思っているのです」
何だか壮大な話になってきた。
というか、こんな発想、19世紀の王族が持つものなのか?
もしかして、俺や山口のように21世紀の犬好きがアレクサンドラに転生したなんていうことはないだろうか?
ちょっと調べてみたくなってくるな。
ただ、それよりもまずはワンちゃんのことをどう説明するか。
「王妃様、確かにヨーロッパでは犬は可愛がられておりますが、その他の地域ではそのような発想はまだ中途半端でございます」
正直、ヨーロッパの富裕層以外は生きるのに必死なわけだから、犬なんて飼っている余裕はないし、アジアの場合は、普通に食用にしている地域もあるわけだしな。
「私の故郷・日本においても野犬が多く、嫌われている状況でございます」
もっとも、日本の場合は徳川綱吉という例外的な存在がいる。生類憐みの令は巷間伝わるような単純な話ではなかったようだが、犬を大切にしたという点では特筆すべき存在だ。
ただ、アレクサンドラに教えると色々誤解しそうだから、やめておいた方が良さそうだ。
「……そうですか。世界から集めるというのは難しいのですね」
「はい。ですが、今度アジアに行く際には、王妃様のためにアジアの犬を連れてくるようにしますよ」
「本当ですか? 是非お願いします」
アレクサンドラは大喜びだ。
ただ、簡単に約束してしまったけれど、この時代は狂犬病の予防接種もないから、野良犬を連れてくるのは結構怖いんだけどな。
その後、更に30分ほど話をして、犬の世界的な祭典を開くのは時期尚早だということで納得してもらった。
とはいえ、俺も別に動物が嫌いというわけではない。
それに各国の上流階級にはアレクサンドラのような可愛い犬好きもいるかもしれない。
犬のイベントも並行して考えておくというのは悪い話ではないだろう。
しかし、アレクサンドラ王妃はエドワードのせいで色々悲惨な目に遭った可哀相な女性というイメージがあったが、実際は予想以上に個性的な人なのかもしれないな。
※アレクサンドラは大の犬好きでケネルクラブへの出資などを行っていました。夫に顧みられなくなったから犬好きになった可能性もありますが、ここでは元から犬好きということにしています。
アレクサンドラとオリンピックの話としましては、ロンドン五輪の時にマラソン競技のスタート地点とゴール地点を「ここから見たい」という自己都合で指定して、それがために距離が42.195キロになったという有名な話があります。
狂犬病ワクチンに関しては1885年にパスツールが行ったのが最初と言われています。
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