26章・デンマーク王国と19世紀ヨーロッパ
第1話 燐介とアレクサンドラ・オブ・デンマーク
俺達一行は、清、ベトナム、タイと回った後、更にインドやイラン、エジプトにも寄ることとなった。
その後、地中海をマルセイユまで向かい、フランスを鉄道で北上してロンドンに戻った時には4月になっていた。
俺がそもそも長い時間かけて日本に戻っていたのは、生麦事件に対する対処を求められたからだ。
だから、まずは、外相ジョン・ラッセルに報告……と行くべきなのだろうが、その前にエドワードと挨拶しておきたいと思った。
何だかんだ、半年以上会っていないし、アブデュルハミトと中野竹子の件では、プリンス・オブ・ウェールズであるあいつの存在も必要だから、な。
どこにいるのかロンドン周辺で聞き込みをしたところ、エドワードは3月に結婚式を開いたばかり、現在は女王から与えられた別邸で暮らしているらしい。
新婚ほやほやで別邸まで与えられるというのはいかにも羨ましい身分だが、その待遇で満足できず、他の女を漁りだすというのがエドワードだ。
今更言うことでもないけれど、とんでもない奴だな。
伊藤や井上、中野竹子と八重は一旦ホテルに置いておいて、俺は早速、エドワードの新邸に行ってみることにした。
聞くと、あのマールバラ公爵家が保持していた屋敷らしい。
マールバラ公爵と言っても分からないかもしれないが、悲劇のプリンセスとして知られるダイアナ妃とかイギリスで一番有名な首相と言っていいウィンストン・チャーチルがこの家から出ている。
と考えると、見た目はどこにでもあるイギリス上流階級の屋敷だが、風格のあるものに見えてきた。
俺のことはさすがによく知られている。門晩に「どうも~」と顔を出したら「お、ミスター・リンスケ、どうぞ応接室へ」と即座に案内された。
応接室で特徴的なのは犬の存在だ。
座って待っていると、犬が2匹やってきた。犬には詳しくないので種類はよく分からないが、人懐こい犬のようで俺の足下に寄ってきて、クンクンと臭いを確認している。中々愛嬌があって、可愛い奴らだ。
エリザベス2世が犬好きでコーギー犬がロンドン・オリンピックの時にも出ていたが、英国王室の犬好きはこの頃から始まっているのだろうか?
「お待たせしました」
犬につきまとわれること10分、扉から入ってきたのはバーティーではなく、スラッとした容姿の美女だった。
「王妃様ですか?」
写真を一度か二度見たことがあるので、微かに見覚えがある。
そもそも、この屋敷で出て来る美女といえば、アレクサンドラ以外いないだろう。
……いや、主がエドワードである以上、他の女の可能性もゼロではないか。
幸いなことにそのような惨事はまだ発生していない。
「はい。デンマークから来ましたアレクサンドラです。アリックスとお呼びください。貴方のことは殿下から色々聞かされています」
アレクサンドラは穏やかに微笑む。
いや~、美人が笑うのはいいね。
しかし、これだけの美人なのに、エドワードがアレなせいで不遇な目に遭うんだよなぁ。
ラノベや週刊誌だと、一人に寝取られただけでも大事になるっていうのに、アレクサンドラは101人だからな、しかも、記録まで残されていて可哀相すぎる。
とはいえ、今は新婚ほやほやだ。さすがのエドワードも今の段階なら大丈夫だろう。
いや、あいつならそうとも言えないか。
とりあえず挨拶しておこう。
「日本から来ましたリンスケ・ミヤジです。王妃様、よろしく」
「はい。お願いしますね。殿下はただいま公務で出かけておられますので、私がお相手することをお許しください」
と、アレクサンドラはニッコリと笑う。
「いえいえ、お許しなんてとんでもありません」
こんな美人の王妃なら全然かまわないですよ、と、佐那に見られたら半殺しにされるかもしれないが。
「……実は私、殿下から色々聞いておりまして、リンスケと早く会いたかったのです。リンスケが来たと聞いて、いてもたってもいられずやってきました」
「……そ、そうなんですか?」
何だかとても楽しみにされていたようだが、一体どういうことだろう?
まさか歴史が変わっていて、アレクサンドラは俺のことを好きになっている?
いや、さすがにそんなことはないだろう。それなら、エドワードと結婚しないだろうし。
「リンスケはオリンピックなるものを開こうとしているのですよね?」
「そうなんですよ!」
「……それでしたら、リンスケ、申し訳ないのですが、私のためにそれを一回、取りやめてもらえないでしょうか?」
「……はい?」
えっ、どういうこと?
王妃がオリンピックにダメ出ししてきた、のか……?
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