第18話 一太、開き直り質問をいなす

「おまえは一体何者なのだ」


 平たく言うと、そういう質問を受け、清河だけでなく近藤、沖田達も「確かにそうだ」という顔になっている。


 回答次第で歴史の流れが変わるということはないだろうが、個人的に色々やりにくくなるかもしれない。


 うーむ、どう答えたものか。



 閃いた。



「私は松陰先生と共にアメリカとイギリスを回り、その後、松陰先生から尊王思想の何たるかを教わりました」


「……」


 清河を始め、半信半疑という様子だ。


 だが、知らんぷりをして続けることにする。


「その結果、ある日、夢の中で南に枝を伸ばした大きな木の下に、仙人がおりました。その仙人から夢か現か、教えを受け、目が覚めた時、私が回り回った世界のことが手に取るように分かっておりました」


「えぇぇ?」


 沖田がそんなアホな、という顔をしている。近藤達も同じだ。


 清河はというと、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。しばらくしてから、やれやれと溜息をついた。


「……山口先生は本当に食えないお人だ」


「あれ、それで終わり?」


 沖田は呆気に取られているが、清河とそれに近い者達には分かったのだろう。



 南に木と書くと楠だ。つまり楠木だ。


 鎌倉幕府に反旗を翻そうとした後醍醐天皇が夢の中で「南に枝を伸ばした木の下にある玉座が天皇の座だ」と言われた。そこで楠木という名前の武士を探したところ、行きついたのが楠木正成くすのき まさしげだ。


 楠木正成。


 南北朝時代、後醍醐天皇の配下として戦った名将だ。


 天皇の下で足利尊氏とも戦ったため、室町時代では悪人と扱われていたが、時代が下り、江戸時代には正統な天皇である後醍醐天皇に仕え続けた忠臣としての評価を確立した。


 更に、智謀に優れた存在としても知られている。


 こうした評価は幕末も変わらず、尊王思想をかかげる中で正成は大きな尊敬を受けていた。


 そうしたこともあって、明治時代には正一位の地位を受けることになった。


 人臣としては最高の地位である。



 楠木正成の名前を出しておけば、ケチはつけられないだろう。


 尊王思想の歴史の中では、楠木正成は何でもできる人という扱いである。神格化されている諸葛孔明に近い存在と言っていい。


 彼なら、他人の夢に出て来て、特別なことを伝授したとしてもおかしくない。


 いや、本当はおかしいのだが、そのくらい神格化されている。疑う方がおかしいというくらいの認識をされている。


 事実、清河は「食えない人」とだけ言っただけだ。


「……同時に恐ろしいお人だ。私が倒幕を考えて動いていたというのに、先生はそうしたものを飛び越え、武士そのものをなくそうとされている」


「……」


 返答は返さない。


 私は「武士をなくそう」と直接的に言ったわけではない。偏った税制などの指摘を行い、そうなっている国もあると説明をしたが、日ノ本を国民国家にすべきだとはっきり言ったわけではいない。


 これは河井継之助に対しても、清河に対してもそうである。


 はっきり明言してしまったとなると、敵を多く作ることになる。現在は味方の幕府側からの敵意を呼び込む可能性もある。


 もちろん、どこかのタイミングで踏み込まなければならないが、現時点は理解者を増やすのが先だろう。そうした中から、直接踏み込んでくる者がいれば、後から応じる形の方が安全だ。



 ただ、ここに来て孝明天皇に気に入られるという事態になってしまった。


 天皇に気に入られること自体は大きい。尊王攘夷派が私に手出ししづらくなるからだ。


 ただ、彼が私にどのような要求を求めてくるか、短期的な結果を求められると中々に厳しい。場合によっては、イギリスに戻っていった燐に頼らざるを得なくなるかもしれない。


 清河という難関はとりあえず乗り越えたが、今度は孝明天皇の要請という別問題が降ってわいてきた。


 一難去ってまた一難とは、まさにこのことだ。



 とか考えていると、誰かが大声をあげた。


 見渡していると、芹沢の様子がおかしい。


 酒を水のように飲んでは濁った目で辺りを見渡している。


 そういえば、この男は酒乱もあって粛清されてしまった男だ。酒を飲ませて放置しておくとまずいかもしれない。


「清河先生、明日、主上の下にはせ参じるという重要なことがありますので、このあたりでお開きとしてはいかがでしょうか?」


 芹沢の方をちらちら見ながら、清河に問いかけた。清河も気づいたようだ。


「……そうですな。まだまだ聞きたいことはありますが、それは明日ということにしておきましょう」


 まだ聞きたいことがあったのか。


 さしあたりの敵意はなくなったようだが、これから先も色々面倒なことを聞いてくるのかもしれない。



 そういう点では、芹沢に感謝すべきなのかもしれない。

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