第17話 一太、素性を怪しまれる
かくして、清河共々孝明天皇の誘いに応じることとなって、その日は解散となった。
その後、翌日の訪問の手はずなどの確認に色々時間を取られるなどして、御所を出たのは夕刻近くであった。
清河は集めた浪士組に「ご苦労だった」と声をかけ、それぞれの宿に戻るように指示を出している。
その後、こちらに向き直る。
「山口先生、一つ、食事の席でもいかがですかな?」
しばし迷う。
これは、ひょっとしたらついていったところでバッサリとなるかもしれない。
「……近藤先生や土方先生もいかがです?」
と思ったら、近藤や土方にも誘いを入れてきた。
この2人が私に近いということは知っているだろうから、敵意ゆえのものということではないのだろうか?
「清河せんせー、俺も行っていい?」
沖田が尋ねて、これも了承を得た。
これだけついてくるのならば、大丈夫だろうか?
その後、芹沢達三名と、清河の知り合い二名も加わり、総勢十名で料亭に入った。
近藤は念のために斎藤と永倉に付近の探索を頼んでいるが、清河はその2人にも中に入るように誘いかけてきた。2人、残念そうに断っているが。
座敷に通され、一番の上座に私と清河が並ぶ。
「本日は色々勉強になりました。私などではまるで相手にならないということがよく分かりました」
清河が酒を勧めてきた。
うーむ、彼の尊攘思想と倒幕思想の強さを考えると、真に受けていいのかは疑問だ。
とはいえ、さすがに酒を受けないのは失礼だろう。
「いえいえ、清河先生のお話も伺うつもりでしたが、まさか主上が参られようとは思いませんでした」
私も返杯し、乾杯をする。
「……左様です。主上が山口先生の話を、というのは私にとっても驚天動地の出来事でした」
「……」
さすがに孝明天皇が私の意見を受け入れた、という事実には尊王を掲げる者としてどうしようもないということなのだろうか。
「……残念ながら、山口先生のようには私は国外のことを知りません。しかし……」
そこで清河の眼が鋭い光を帯びた。
「山口先生、あなたは何者なのです?」
乾杯直後からしばらくわいわいしていた面々も清河の言葉に押し黙った。
一瞬の静寂。
「……山口先生に従えば、武士や公家が不要となります。もちろん、そのような考え方もありえると言えばありえますが、この日ノ本に育った者に、そこまでの考えができるものなのでしょうか? 正直、拙者の理解に及ばないところです」
「うーん、確かにそうだよねぇ」
清河の発言に、意外な同調者が現れた。沖田総司だ。
「俺も実は前から不思議に思っていたんだ。俺は山口さんとアメリカやイギリスに行ったけれど、その時って、山口さんは正直特に何もしていなくて、燐介がみんなを引っ張っていたんだよね。ところが、俺が日本に戻ってきたら、いつの間にか山口さんが俺以上に国外のことを知っていたんだよね。俺と燐介の方がずっと海外にいたのに、さ」
沖田はそう言って腕組みして首を左右に倒す。「燐介も不思議な奴だけどね~」と言っている。
そうなると、近藤や土方も頷いている。
「山口先生には、どうも浮世離れしたところがある」
「俺も不思議ではあった。一太は時々、初めて会う人物のことも知っているかのように振る舞っていたからな」
「そうそう! この前、長岡の屋敷を訪ねた時もそうだったね」
めいめいが「山口一太は理解不能な人物だ」というような話を次々と出してきている。
参ったな。
こういう形の質問を浴びることは想定していなかった。
ただ、そう思われても仕方ないといえば仕方ない。
私は武士の待遇を得ていながら、国民国家という武士階級を廃するようなことを示唆している。「あいつは何なんだ?」と思われるだろうし、それが国外の事情と結びついているとなれば、「どうしてそんなことを知っているのか?」となるだろう。
まさか未来を知っているとも言えない。
「神の天啓を受けた」というような答えもありうるが、そうなると「こいつの頭は大丈夫か?」ということになるだろう。
他に、何らかの言い訳ができそうな地点。
香港はどうだろうか。中国でありながら、イギリスの支配下という場所。
実際、太平天国の中でも開明派であった洪仁玕や善英もここで勉強をしている。
もっとも、実際には寄っていない。寄っていたことにしても、それほど長期間いなかっただろうことは近藤がよく知っているはずだ。何せ帰国後すぐに松陰先生の護衛として呼んできたわけだし。
うーむ、どう言い訳したものかな。
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