第10話 一太、清河八郎と再戦する③
1月も末になろうという頃、京都守護職から与えられた屋敷にいると、沖田が駆けつけてきた。
「勝安房さんからの紹介状をもった男が、来ているよ」
「勝安房の……?」
一体誰だろうと思ったが、勝海舟の紹介なら会わないわけにもいかないだろう。
身だしなみを整えて、玄関へと向かう。
そこに立つ男を見て、思わず「あっ」と叫びそうになった。
写真などで見るから一目で分かる。
坂本龍馬だ。
そうか、この時期、坂本龍馬は勝海舟に弟子入りして、神戸に海軍施設を作ろうとしていたのだった。
その話の中で、私の話題が出たので紹介状を貰って会いに来たということのようだ。
ただ、龍馬と清河八郎の間には良好な関係があったという話がある。
同じ北辰一刀流を学んでいたし、清河は浪士組の中に龍馬を入れようとしていたという。
清河の先手として、私の出方を調べに来た可能性もゼロとはいえない。
私が近づくと、坂本は丁寧に頭を下げた。
「山口先生ですか? 拙者は坂本龍馬といいます」
「いかにも、私が山口一太です」
「勝先生が山口先生のことを幕府第一の学者と称えておりました。一つ、私にも指南いただけないでしょうか?」
思わず笑ってしまった。あまりにもストレート過ぎる挨拶だ。
「坂本先生、私は見ての通りの若造です。幕府第一の学者など、勝安房様の大法螺でございますよ。勝様は冗談もお好きな人ですから」
龍馬は「確かに、勝先生は冗談がお好きです」と頷いてはいるが。
「しかし、山口先生について語る目は真剣でした。幕府を救う策をもつのは山口先生しかいないだろう、とも」
勝海舟、私のいないところでは、そういうことを言っていたのか。
あまり大きなことを言われてしまうのも期待が高まり過ぎて困るな。
そもそも、坂本龍馬とはなるべく接点を持ちたくないと思っていた。
嫌いというわけではない。幕末好きの中で坂本龍馬が嫌いだ、という人間は少ないだろう。
では何故近づきたくないかというと、燐が彼の許婚である千葉佐那と良好な関係だからだ。変なことを言って燐の話題になって、千葉佐那のことを言って変な敵愾心を持たれたくはない。
だから、お龍と結婚して、千葉佐那が宙に浮く状態になるまでは会いたくないというのが本音だった。
とはいえ、本人が来てしまった以上逃げるわけにもいかない。
逃げるわけにはいかないが、果たしてどうしたものか。
私は沖田を見た。「何かあるかもしれないぞ」と、チラチラと坂本と沖田を見比べる。
沖田も理解したのだろう。「分かった」と頷いた。
「坂本先生、先生と話をしてみたいというのはやまやまですが、生憎ながら、私は来月には清河先生と浪士組の今後、日ノ本の今後について話をする予定でございます。ですので、今はそれに集中しなければならないので、来月、日を改めてもらってもよろしいでしょうか?」
龍馬は「何と!」と驚いた。
「山口先生と、清河先生が!?」
この物凄い驚きようを見る限りでは、清河の要請で様子を見に来たということはなさそうだ。
むしろ、龍馬は「自分は何と良い時に訪れたのだ」と喜びだした。
「山口先生と清河先生が国事を語り合う。これはものすごいことでございますな。拙者も是非参加したいと思います」
「……私自身に坂本先生を拒絶するつもりはありませんが、場所が朝廷ゆえ、入れるかどうかは保証の限りではありませんよ」
「おぉ、確かに国抜けをしたわしが御所に入るのは難しいですな」
龍馬は自分の頭をピシャリと叩いた。言われて思い出したが、確かに龍馬はこの時期、土佐を脱藩していたのだった。
この少し後に勝海舟の口添えもあって、許されるはずではあったが。
「坂本さんは清河八郎を知っているの?」
それまで黙っていた沖田が不意に質問を投げかけた。
よくよく考えるまでもなく、坂本龍馬に質問する沖田総司というのも凄い図柄だ。
「もちろん知っていますとも。清河先生は非常に優れたお人なのですが、ちょっと奇策を弄するところがあるのがもったいない。更に相手を徹底的にやりこめないと気が済まないお人柄でもあります。あれではいずれ遺恨沙汰となるやもしれません」
「……」
「それでも非凡なお人であることは間違いありません。拙者ごときでは到底分からない、世界の真の姿が見えてくることでしょう。それでは、その日にまたお会いいたしましょう!」
龍馬は大声で挨拶をして出て行った。
桂小五郎は残念ながら来られないようだが、坂本龍馬、河井継之助、松平容保と大物が何人も参加することになる。未来が分かるから落ち着いていられるが、実際にこの時代に生きる者はそうはいかない。
とてつもないプレッシャーがかかっていたのではないだろうか。
※燐介もですが、山口が土佐弁やら薩摩弁丸出しで話されても普通に応対できているのは実はかなり凄いことです(苦笑)
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