第9話 一太、清河八郎と再戦する②
それから数日。
桂を仲介人に立てようと計画したが、彼はこの時期対馬との交渉をメインにしており、京に来る余裕はないらしいことが分かった。
おまけに清河に先手を打たれてしまった。
「浪士組を連れて、朝廷に上奏する。その際に山口先生にもお越しいただきたい」
という、清河からの手紙が届いたのだ。
確かに、清河は浪士組を尊王攘夷の戦力としようと考えていて、上京後に朝廷の直属とするよう求めていたと言われている。
その際に、朝廷の中で、私と決着をつけることを考えているようだ。
「参ったな……」
私は頭をかくしかない。
これは完全にしてやられてしまった。
浪士組を結成して、共に朝廷に参内する。
断る術はない。清河の本心は朝廷直属にして、尊王攘夷と倒幕に進むことにあるが、それはまだおおっぴらにされていない。
「京の治安維持のために浪士組が送られたのであり、その仕事の前に朝廷に挨拶をするのは当然だ」
と言われてしまえば、筋が通っているし反対する方がおかしいと思われる。
つまり、彼と同じ立場にある私としては、行くしかないということだ。
しかも、その朝廷は守旧派が多いから、私にとっては明らかに敵地ということになる。
とはいえ、朝廷の中で議論をするのであれば私にとって有利な点もある。
まず、朝廷の中ではさすがに刀を振り回すことはしない、ということだ。宮中で刀を抜くなど言語道断である。おおっぴらにやることなど許されない。
あとは、朝廷の面々は多くの情報を持っているわけではない。
攘夷派が多いのは間違いないが、その大半は孝明天皇がそうだから、今まで伝統として日本は海外からの者をおおっぴらに受け入れなかったから、という何となく程度の理由である。
清河達の攘夷論にしてもそうだ。何らかの現在の事象を押さえて主張しているわけではない。彼らの根拠は「今がうまく行っていない」ということと、古くからの儒教的な観念によるものだ。
その点では、実際の歴史の流れを知っている私には分があるだろう。
とはいえ、多少は応援が欲しいというのもある。
沖田や永倉らに来てもらうというのはもちろん、会津にも支援を頼みたいところだ。
ということで、松平容保に報告をするとともに相談することにした。
清河からの手紙を容保に提出して、読んでもらい、意図を伝える。
「ふむ……。会津からそなたを応援する者を出してほしいということか」
「左様でございます。できましたら、目付の一人と数人くらいの従者を……」
松平容保のそばには、
そうした面々を借りることができれば、清河に数の力で潰されるということはないだろう。
容保は小さく頷いた。
「分かった。では、余が修理(神保長輝の官職)と官兵衛とともに行こう」
これには驚いた。
「会津様も……?」
「余が出向いてはいかぬか?」
「とんでもありません。しかし、私にしても清河にしても、会津様が出向くほどの者ではございませんが……」
「知っておる。しかし、今、現在、京において一太と八郎を超える事情通はおらぬであろう。今後の日ノ本において、余がどうすべきか、それを知るためにも一太と八郎の議論を心して聞きたいと思う」
「ははっ……」
応援としては有難いが、プレッシャーは大きくなった。
これで不甲斐ない話をしてしまっては、「余は一太に失望した。幕府の職を去れい!」なんてことになりかねない。
しかも、それだけでは済まない。
京都守護職の屋敷を出ようとしたところで、意外な人物に呼び止められた。
「これは山口先生」
聞き覚えがあるが、誰だろうと振り返った私は、そこに河井継之助がいるのを見て驚いた。
「こ、これは河井様……」
私が慌てたのが分かったのだろう。河井はニヤッと笑う。
「聞いておりますぞ。京に清河八郎が来て、朝廷で山口先生と国事を論じ合うのだとか」
「……何と」
「その折には、拙者も殿とともに拝聴させていただきたいと思います。もちろん、よろしいでしょうな?」
「それはまあ……」
更に観戦希望者が増えてしまった。
牧野忠恭と河井継之助まで来るとあっては、負ければ切腹ものの流れになるかもしれない。
その数日後、更にもう一人、とんでもない乱入者が現れることになる。
勝海舟の弟子となり、神戸で海軍事業を行おうとしていた桂小五郎も知る男。
坂本龍馬である。
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