第8話 一太、清河八郎と再戦する①

 孝明天皇。


 幕末の最重要キーマンたる人物である。


 この天皇の徹底した攘夷姿勢が幕末に及ぼした影響は途方もなく大きい。


 もっとも、それを孝明天皇一人の責任にするのも不当ではあるだろう。そもそも、徳川幕府によって「天皇と公家は教養だけ修めていればよろしい」というような立場に置かれて、長らく古典や教養と親しんでいたのである。保守的に過ぎたという批判は、当時天皇が置かれた状況をあまりに無視しすぎている。



 これまで考えたことがなかったが、孝明天皇の死という幕末一大転機をどうするのか、ということも大きな問題かもしれない。


 毒殺説もあるが、死因はほぼ痘瘡だろうと考えてられている。


 痘瘡自体の治療法はこの時代であっても確立されている。種痘は既に日本にも伝わっているから、あらかじめ受診させれば治るだろう。


 つまり、孝明天皇を死なずに済ませることは可能なのだ。



 だが、ここで問題が二つ生じる。


 まずは、「孝明天皇にどうやって受けさせるか」という話である。


 種痘法を発見したのはイギリス人のエドワード・ジェンナーだ。つまり、外国の治療法である。外国嫌いの孝明天皇が痘瘡にかかる前にそんな治療法を受けるはずがない。


 現代の天皇・皇族に何らかの病気が発生すれば最先端の治療を受けるだろうが、この時代は最先端に対して無知ゆえの嫌悪感を抱いていた時代だ。伝統的な治療法にこだわることは間違いない。



 第二の問題は、「その死を回避すべきか」という問題である。


 人の死を肯定的に捉えるのは良くないのだが、孝明天皇の死は、恐らく日本の近代化にとってはプラスの方向に向かった。


 古典的な思想に染まったまま壮年期に差し掛かっていて、思想の変更が図りづらい孝明天皇が亡くなり、まだ14歳で思想的に柔軟だった睦仁親王が明治天皇として即位したことは日本が新しく生まれ変わるうえでは間違いなくプラスになった。


 未来の知識を駆使したとしても、孝明天皇を変えるのは難しいだろう。それが正しいかもしれないと思っていても千数百年に及ぶ伝統を捨てるということは不可能だ。


 ならば、そのまま死ぬに任せた方が、全体としては良いのかもしれない。


 大政奉還を早い段階で行い、その後、孝明天皇が亡くなれば、徳川家茂、明治天皇という若い組み合わせになる。


 その組み合わせで国民国家への道筋を立てる方がいいのだろうか。



 松平容保の「主上に会うか?」という言葉がなければ気にすることもなかった。


 天皇と下級旗本であれば会えるはずもない。会えない以上は止めることもできない。


 しかし、実際に会うことができるかもしれないとなると、死を避けることができる。果たしてそうすべきなのか、生麦事件の時もそうだったが、またも気の重い問題が生じてくることになりそうだ。



 とはいえ、それはまだ先の話である。


 松平容保は「清河との件を解決してから」と言っていた。


 いずれその時も来るだろうが、それはもう少し先だろうと考えていた。



 しかし、一度動き出した歯車は加速するものらしい。


 京都守護職上屋敷から下屋敷に戻った我々のところに、近藤と土方の使いとして島田魁がやってきた。


「山口先生、清河八郎が来月には何人かの供を連れて上洛するようです」


「……そうか」


 まるで図ったかのようなタイミングだ。


 ただ、清河としては誤算続きのはずだ。尊攘活動のための浪士を結成するはずが、私と試衛館組が機先を制したことで大分遅れてしまっている。


 しかも、尊攘派の活動自体は活発だが、それを動かしている長州の上層部は開国への方針にシフトしつつある。公武合体派に転じている薩摩も今後生麦事件の問題が深まってくるとともに開国へとシフトするだろう。


 そうした状況を、もちろん清河は理解しているはずだ。このまま手をこまねいていたら、どこかで大逆転を食らうだろうことも察知しているだろう。


 だから清河としては動くしかない。ここで公武合体や開国へのシフトを止めないといけない。



 ただし裏を返せば、これは反・尊攘派にとってもチャンスということになる。


 ここで清河を叩きのめしたなら、尊攘派は理論的な自信を失う。流れをより早く、自分達の方に持ってくることができる。



「……俺達だけで足りるかな?」


 沖田が尋ねてきた。


 清河との討論が重要だということは、沖田も永倉も理解しているようだ。


 足りるかな、というのは討議で解決すればいいが、そうならなかった時のことを言っているのだろう。


 清河自身優れた剣術家であるし、河上彦斎のような優れた剣士もついている。


 ことと次第によっては斬り合いになるかもしれない。


 そうなった時、確かに沖田と永倉だけでは苦しい。


「島田さん、近藤先生と土方先生はいつ来るかな?」


「三月くらいと聞いています」


「三月か……」


 清河の上洛からひと月待つのは苦しい。



「……長州の屋敷に行って、桂小五郎がいるか聞いてきてくれないか?」


 こうなると、桂小五郎を頼りにするしかなさそうだ。

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