第7話 一太、松平容保と会う

 私は正月の期間中に、河井継之助に対して、「長岡・牧野家の京都所司代辞退」を約束した。


 もちろん、私の一存で決められることではない。


 江戸の将軍・家茂に取り次いでもらうため、勝海舟に手紙を出すことにした。


 京都守護職の松平容保にも話を通しておきたいので面会することにした。



 松平容保の京都守護職上屋敷は御所と二条城の中間地点あたりに位置している。


 この正月、容保は孝明天皇と面会し、直々に功をたたえられたという。


 それほど公武合体を担う人物として期待されている、ということだ。


「山口一太、参りました」


 沖田と永倉を連れて、面会を願うとあっさりと通された。


 まずは2人を紹介する。


「これなるは、江戸の剣客である永倉新八と、沖田総司にございます。特に沖田はフランス軍で訓練を受けたこともある強者でございます」


「何と……仏蘭西で?」


 松平容保は素直に驚いている。東北人の純朴さというか、素朴なところがある性格だ。



 挨拶が終わり、実務的な話になる。


 まずは容保の愚痴を聞くことになった。


「一太よ、昨日まで会津の者がやってきて、色々と言っておった」


「左様でございましょうな」


 河井継之助が京都所司代の仕事を「うっとうしい」と思っているのと同様に、会津の重臣達も主君が京都守護職についていることを「うっとうしい」と思っている。できるならば、早く片付けるか、あるいは逆に全く片付かないことを露呈して帰国することを願っているはずだ。


 片付かない場合、「会津の殿様はたいしたことがない」という悪評を伴うかもしれない。従って、まず提案するのは「さっさと片付けてくれ」という方向性だ。


「西郷や田中、神保らはとにかく徹底的に処断せよと言うのだが、私にはどうにもその方法が良いとは思わぬ」


「……と申されますと?」


「暴れている連中は確固たる理念があって暴れているわけではないのではないか。それを一々殺していても、解決にならないのではないかと思う。まずは彼らの言い分を聞かなければならない」


 これこそが、良くも悪くも松平容保という人物の東北人らしいところだろう。


 いわゆる「言路洞開げんろとうかい」と言って、どんな人物にも言い分があるからそれを聞くべきだ、というものである。


 恐らくは弾圧をしすぎて幕府や会津が批判にさらされることを嫌ったのだろうし、この時点では弾圧できる戦力がなかったこともあったのかもしれない。


 結果的には尊王攘夷派がこの方針で更につけあがったことが事実なので、そのまま受け入れることはまずいと言える。


「言路洞開は確かでございますが、残念ながら下は上の言うことを聞くだけという現実がございます。言路洞開をなすのならば、上と話し合わなければなりません」


「上か……」


「例えば清河八郎などがそうでございます」


 容保が「あれ?」という顔をした。


「しかし、清河八郎はお主とともにわしを補佐するのではないのか?」


「はい。そうでございますが、彼は尊攘派の理論的支柱の一つでございます。つまり、彼を懐柔しなければ、下にいくら情けを向けても仕方ないのでございます」


 そういうと、途端に自信を失ったような顔を見せた。


「清河は庄内で才を謳われたと言うが……」


 確かにその通りで、清河八郎は庄内の英才だ。


 この時代の東北という素朴な土地で、しかもボンボンとして育った松平容保が清河八郎と論戦をしても、相手にならないだろう。



 ただ、それで自信をなくすのなら、言路洞開はやらない方がマシであろう。現代社会において犯罪者を「彼(彼女)一人の問題ではないのだから」と話だけ聞いて釈放するようなものである。もちろん、犯罪の全てを犯罪者の問題にすべきでもないが、といってそれを裁かないのであれば法が存在する意味がない。



 容保には不満かもしれないが、ここははっきり言うべきだろう。


「清河は英才なれど、世界を知りませぬ。彼一人程度を制御できぬのであれば、京都守護職を置く意味がございませぬ」


「むむむ……」


 間接的ではあるが、「おまえには無理だ」というようなことを言ったのだから、不満げに思うのは仕方がない。


 しかし、それを受け入れられるのが、この人物の非才なところだ。


「……一太よ、おまえなら何とかできるのか?」


「拙者は江戸で清河と時節を論じあったことがございます。少なくとも、清河に負けることはございません」


「……そうか、ならば一太よ。清河と話し合ってくれるか?」


「承知いたしました」


 私は即答した。清河が尊攘派の大物として存在するつもりであれば、いずれ決着をつけなければならない相手である。ここは受けるしかない。


「いずれ清河が京に参りましたら、拙者が話をしましょう」


 容保は安心したように肩を落とした。


「一太よ、清河の件がうまく行くようであれば、いずれ主上とも話をしてもらえぬか?」


「主上と!?」


 これはさすがに驚いた。


 主上、すなわち孝明天皇とも話をしてくれ、というのだから。

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