第6話 総司と永倉、国民国家を語る
河井は非常に渋い顔をしたままであった。
「少し時間をくれ。何なら屋敷で食事をしていくといい」
「承知いたしました」
つまり、今日のうちに結論を出すということだろう。
河井は「失礼」と言って廊下へと出た。屋敷の者に「あの三人を歓待するように」と指示を出して、別の部屋へと移動した。
「三人?」
河井の言葉を聞いて、後ろに沖田と永倉がいたことを思い出した。
本来なら人払いをさせるべきだったのだろうが、河井も私も無警戒だった。
もっとも、永倉はぽかんとしている。多分、私達が何を話していたのか理解していないだろう。
もう一方、沖田総司は澄ました顔をしていた。
彼はアメリカ、イギリス、フランスと回っている。日本と国民国家との違いをうっすらと認識しているだろうから、あるいは話を理解していたかもしれない。
その後、長岡の他の者達も踏まえて、ちょっとした酒席を設けてもらった。
「その方が山口か。私が京都所司代の牧野玄蕃だ」
牧野忠恭も少しだけだが顔を出してきた。藩主を酒席に出すということは、河井の中で私達と付き合うことを有意義な出来事だと判断したに違いない。
「いや~、しかし、一太はすげえなぁ」
永倉が美味しそうに酒をすすって、感心している。
「俺なんか、自分のところの殿様とも滅多にあったことがないのに、一太は知らない国の殿様が挨拶に来るんだから。物が違うってことなんだろうな」
「それはもう、山口さんは海外のことにも詳しいし、日本の色々な人のことも何でも知っているし当然でしょう」
沖田は当然だとばかりに頷いている。
「さっきの河井様との話を聞く限り、日本もいずれはイギリスやフランス、アメリカみたいにするってことだよね?」
やはり沖田はある程度、話を理解していたようだ。
「……いずれ、イギリスに対抗するためには、な」
「何だ、何だ? どういうことだ?」
永倉は不思議そうに首を左右に振り、私と沖田を見比べている。
「多分難しいから、いずれ土方さんがやってきたら話すよ」
「お、どういうことだ? 総司よ、俺には理解できないと言うのか?」
「だって、永倉さん、今まで山口さんの話を理解したことがあるの?」
「ないな」
沖田の質問に、永倉があっさりと答えた。
「だけど、それは俺だけじゃないぞ。斎藤だって分かったことがないだろう」
「近藤さんだって、ないよ」
「そうだ。つまり、俺が特別馬鹿なんじゃない」
何だか分からないが、開き直っている。
「そういう総司は理解したのか?」
「理解したわけじゃないけど、俺はイギリスやフランスを見たから、どういうことを目指しているのかは分かる。俺はフランスでは外国人部隊にもいたし」
外国人部隊か。
これは確かに私も燐も理解できない特殊な経験だろう、な。
外国人というだけで斬ってしまえ、というのが幕末の風潮だ。
日本を守る外国人部隊など、想像もできないだろう。
「外国人とはいっても、試衛館にいる連中だって似たようなものじゃないか。俺は松前、総司は白河、近藤さんと土方さんは江戸、斎藤は播磨だし」
永倉の言うように、この時代はそれぞれ「国」を名乗っていたから、外国といえば外国である。
だから、総司もそれには反対できないが。
「それはそうなんだけど、ちょっと違うんだよ……」
「いや、総司の言いたいことは分かるぞ。要はこの国というのは帝の下にいる国ということなんだろ? それぞれの殿様ではなく」
「そうだね。永倉さん、そこは分かっているんだね」
「……つまり、一太と総司が言いたいのは、帝の下で攘夷をするんじゃなくて、他国と付き合うということなんだな」
「そうそう、アメリカからイギリス、イギリスからフランスと船で簡単に行けたからね。日ノ本もそうなった方がいいよ。松陰先生もそう言っていたし。だけど……」
沖田はそこで首を傾げた。
「松陰先生はすごく色々知っていたけれど、どうして、松陰先生が教えていた長州は変な奴らが多いのかねぇ? 桂さんはまあまあだったけど、京で偉そうに活動している連中の多くは長州なんだろ?」
「あとは土佐だな」
「土佐も燐介のいたところじゃん。やっぱり、あれなのかな。松陰先生も燐介も、地元では受け入れられにくくて出て来たのかな?」
「……そういうわけではないと思うが」
燐はたまたま生まれたのが土佐だったから、というだけだろう。
松陰先生は……。
松陰先生だったから、と言うしかないのだろうな。
およそ半刻ほど経つと、河井が戻ってきた。
「一太よ。所司代辞退の件、頼んでも良いか?」
「お任せください」
私は安請け合いをしたが、河井があっさりとしすぎたことは気になった。
「私に簡単に任せてよろしいのですか?」
河井はニヤリと笑った。
「どうせその方は、その代わりの何かを拙者に押し付けてくるのだろう」
と答えられてしまった。どうやら、私の意図は丸わかりだったようである。
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